「アルミーニャ問題」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「アルミーニャ問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

アルミーニャ問題

アルミーニャ事件とは昨年秋の頃亞細亞土耳其のアルミーニャに於て其不規則兵が亂暴を働き數多の耶蘇敎徒を虐殺したるより起りたる葛藤にして英佛露の三國は人道の爲め默視するを得ずとて直ちに土耳其政府に迫り歐洲委員の監督の下に同地方の政治を改革す可しと要求すると同時に各々兵威を示して其要求を實行せしめんとすれども土政府は容るゝが如く容れざるが如く曖昧の閒に時日を空過して兔角要領を得ざるのみか近來砲臺を檢閲し兵を徴し水雷敷設の用意を爲すなど穩かならざる擧動ありて諸強國の運動も一層活氣を增し近着の電報に據れば伊太利の艦隊はサロニカにある英國艦隊に加はらんが爲めレヴアントへ出發す可き命令を受けたりと云ひ或は露西亞、墺太利も同じくレヴアントへ軍艦を派遣したりと云ひ又或は此問題を協議せんが爲め墺都維約に列國會議を開く可しと云ふなど事態漸く切迫し來れるものゝ如し蓋し土耳其は垂死の國にして諸強國の強を以て之に臨むは恰も千斤の石を以て卵を壓するが如くなれば如何なる要求も唯々諾々の外なき筈なるに事の實際に於て然らざるは何故なるかと云ふに土耳其を扶けて東歐に於ける英の藩屏と爲し以て露の南進に備へんとするは英國年來の政略にして其趣は猶ほ支那を扶けて極東に於ける英の藩屏と爲し以て露の南下に當らしめんとしたるが如し左れば今回のアルミーニャ事件に付ても感情の上よりは嚴しく土耳其を懲戒せんと欲すれども利害の點よりは餘り嚴重に之を脅迫して動搖せしむるを望まざるの意味もなきに非ざる可し而して露西亞は如何と云ふに若し公然兵を以て侵略すること能はざるときは内々隱微の政略を施して己が野心を抱ける其國を籠絡し以て自ら利する所あらんとするは其得意とする所にして英佛同盟軍の事ありしときには此手段を以て黑龍江地方を取り日淸事件に乘じては同じ筆法を活用して殆んど支那を其保護國と爲したればアルミーニャ事件に付ても表面は英國と共に改革を土耳其に迫れども内實は或は得意の手段を弄して土耳其を籠絡せんと試みつゝあるに非ざる乎若しも果して然らんには土耳其の上に加へらるゝ壓力は頗る重きが如くにして其實土耳其の感ずる所甚だ輕きを知る可し然らば此問題の前途は如何と云ふに英國は近年深く爪牙を藏めて外に活溌の運動を試みざりし爲め支那に於ける權力も露西亞に奪はれて國論漸く不滿の色を現はし來れる際なれば或は此事件を好機として大に奮發し土耳其帝國の權力を掌握して東亞に失ひし所のものを東歐に收めんと欲するやも知る可らず而して露西亞は今極東に驥足を伸べんとして異志を抱くは一朝一夕の事にあらずして只管機會の到るを待つものなれば他國にして土耳其方面に動かば露國何とて躊躇す可き全力を擧て相爭はんと欲するは勿論にして他國が一歩を進むれば露國は二歩も三歩も進む可し斯て事情は次第々々に切迫して遂に破裂するやも知る可からざれども愈々破裂するに至れば獨逸、佛蘭西、伊太利、墺太利も各々己が分け前を得んと欲して權力〓閒に相爭ふは勿論にして歐洲全體の大動亂と爲るは明白なれば或は危機一轉して平和の終局を見るに至らん歟要するに事の前途は未だ容易に豫言するを得ざれども其成行き如何は啻に歐洲全體の興亡に關する

のみならず亦極東の安危に直接の關係あるものなれば東洋人も對岸の火災視す可らず若しも此問題にして平和に落着せん歟極東に野心を抱くものは後顧の憂を免かれて東邊の一方に力を集め其風波はいよいよ荒きに從て我日本國も次第に困難を感ず可しと雖も之に反していよいよ危急破裂の不幸に至らんか何れの國も東歐の爭奪に忙はしくして復た他を顧るの遑なく日本は自から閑日月を得て自から爲す所ある可し土耳其の事は一進一退共に日本國民の深く注目す可き所なる可し