「・私設鐵道の便利」
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時事新報に掲載された「・私設鐵道の便利」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・私設鐵道の便利
官設鐵道の不便は前に述べたる如くにして一般に堪へ難き所なれば是非とも改良の工風なきを得ず或は收益金を利用して擴張を謀るが如きは會計法の許さゞる所なりとするも議會に問ふて別に擴張費を議決せしめたらば差支なきことならん速に實行す可しとの説もあらんなれ共年來の經驗に徴すれば議會は經費節減の一點張にして只管節減を事とするが其眼中には事業費も政事費も一切無差別、政府の提出案とあれば實際の必要と然らざるとに拘はらず十把一束にからげ去り其幾割を減ずるの〓議なれば〓〓〓〓斯く斯くの不便あり其不便を去るには斯く斯くの改良法を施さゞる可らずと説明するも容易に耳に入らざることならん聞く所に據れば政府にては過般戰爭中の大輸送に付き東海道線に複線の必要を感じて今度の議會に費用を要求するの議ありと云ふ一般社會の便不便には痛痒相關せざる國會議員の輩も軍事上の必要とあれば此時節柄直に同意を表して案外に行れ恰も軍事のお付合の爲めに改良の効を奏して一般の便利を得るが如き結果もあらんかなれども夫れとても實際には當にならざるのみか政府の營業にては假令ひ單線が複線となり又車輛の數が增したりとて其處が官業の官業たる所以にして痒き處に手の屆かざるの遺憾を存し一般の不便は矢張り免れざる可し或人の言に官設鐵道の苦情は荷物の澁滯と時間の延引とのみに止まらず其役員の如きも自から官海の本色を現はして乘客に對するには例の御威光を弄びて傲慢を極め事務を執るには却て隔靴の情なきにあらず其中にも私設鐵道との接續點に當る停車場、例へば山陽鐵道に接する神戸驛又は關西鐵道に接する草津驛及び名古屋驛の如きは私設鐵道に直接して何人の目にも官私の相違を認めざるはなし思ふに官線の役員とても特に不親切不勉強の者を選びたる次第には非ざる可きに然るに其評判の宜しからざるは何故なりやと云ふに官設の仕組にては如何なる小輩に至るまでも官吏同樣、一定の法律に支配せられて大に勉めたりとて特に褒めらるゝに非ず惰けたりとて叱らるゝにも非ず現に收益の多きにも拘はらず何年一回の昇給もなかなか容易ならずして私設會社に於けるが如き競爭勤勉の氣風は決して見る可らず乘客に對して官風を吹かせ益なき事にも何か手數を云々して人を困らせ以て自から慰るが如き有樣なれば其不評判も敢て無理ならず畢竟官業に免れざる弊風にして今の政府の手にて鐵道の營業などは到底思ひ寄らざる次第なれば一般の便利の爲めには民間に賣渡して私に營業せしむるこそ寧ろ得策なれば官線の不便は人の罪に非ずして官業と名くる性質の然らしむる所なれば其性質さへ一變せしむるときは不便は直に去るを得べし即ち役員の如きも大に變更するに及ばず今の局長を社長と爲し技監を技師長と爲し他の役員とても役名を改むるのみにて其儘に留任せしめ只實際の所有權を民閒の株主に移すまでのことなれば甚だ容易にして直に行はる可し或は民業は收益を目的として株主の利を謀るものなれば實際に擴張の計畫も如何など掛念するものもあらんかなれども今の官設鐵道は世間の發達進歩に伴ふこと能はずして一般に不便を感ぜしむるものなれば擴張すれば擴張するほど乘客荷物もますます增加してますます收益の豐なるは請合なり營利を目的の會社にして誰れか躊躇するものあらんや一旦私設の性質に改むるときは擴張の手段は直に行はれて一般の便利は勿論、軍事上の必要の如きも同時に目的を達す可し我輩の慥に保證する所にして毫も疑念はある可らず官線賣渡の斷行、目下の必要なりと云ふ可し