「世界の外交に入るの機會」
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時事新報に掲載された「世界の外交に入るの機會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
世界の外交に入るの機會
アルメニヤ問題は如何に結局す可きか近着の電報に據れば事稍々平穩に傾きたる由なれど
も他の報道を見れば虐殺は尚ほ所々に行はれて土耳古政府は其始末に困却し耶蘇敎徒の生
命財産も安全ならざるが如くなれば事情又切迫することなしと云ふ可らず若し果して左る
塲合に至らば是れ恰も日本が世界の外交に手を伸す可きの機會には非ざる乎今の世界は單
獨の運動を容さず一國が權威を振はんとすれば他の國は之を抑制し他の國、利益を專にせ
んとすれば一國之を妨げんとして反對するは免る可らざる數にして例へば露西亞が土耳其
に爲すあらんとすれば英國は之を制し日本が遼東半嶋を取れば露佛獨の三國が干渉して還
附せしめたるが如し左れば世界の舞臺に於て何か爲す所あらんと欲せば先づ外交社會に運
動を試み利害相等しきものと結びて一朝事あるの際、敵を控制せしめ或は己れ得る所あら
んが爲め他をして得る所あらしめざる可らず甞て普魯西が佛國と戰を開くや墺太利の其後
を襲はんことを恐れビスマークは露西亞と相談して墺太利を控制せしめたりクリミヤ戰爭
前、露西亞が土耳其に對して爲すあらんとせしときには先づ英國と協議を開きセルヴイヤ、
ブルゲリヤ、ボスニヤを土國より獨立せしめモルタビヤ、ワラチヤと共に露國をして保護
せしめなば露國は英國をして埃及を略しカンヂヤを取らしむ可しと申込み又露土戰爭の際
英國は土耳其よりサイプラス嶋を得るの密約を結び伯林會議に於て之を公にしたるに佛伊
兩國は不同意を唱へたればビーコンスフヒールドは佛國のチユニスを占領するを承認す可
しと密約して遂に其志を成就したり斯くの如きもの即ち近世外交の常態なれば坐して事の
起るを待たず進んで先づ外交社會に入り合從連衡の策を構ぜざる可らず今若し土耳其問題
にして危急切迫の塲合に至らんか歐洲の二強國は利害の衝突より必ず相反目することなら
ん而して其反目する二強國の中には東亞に驥足を伸べんとして亞細亞の新強國と相嫉視す
るものある可し新強國にして若し其位地を利用し土耳其の舞臺に於て彼の野心國の野心を
抑へ以て自ら爲す所あらんとする雄國に向ひ萬一事あるの時東西相應ずるの議を提出せん
乎彼は欣然として應ずるならん即ち日本が世界の外交に入るの端緒にして亦他日爲す可き
の地を作るものなり外交の局に當るもの空しく此好機を看過するなからんこと我輩の切望
する所なり