「市區改正事業の進歩如何」
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時事新報に掲載された「市區改正事業の進歩如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
市區改正事業の進歩如何
東京市區改正事業は當初凡そ五十年を期して完成せしむる目的にて其費用として年々三十
萬圓乃至五十萬圓を支出するに决し之を補助する爲めにとて政府より官有河岸地を無代價
にて下附せられ且つ清酒に入市税を課するの特許を得たれども其後市公債を募集して水道
工事を起し前記五十萬圓以下の市區改正費中より二十五萬圓を割て公債の償却並に其利子
支拂に充つることゝなりたれば殘る所は二十五萬にして而かも實際徴収する金額は四十萬
圓前後に止り市區改正に使用す可きものは僅に十五萬圓内外に過ぎず其内より更に委員の
費用、〓〓調査費等を支出するが上に淺草其他大火の節〓〓〓〓〓借入れて豫算外の支出
を爲し其利子並に元〓〓〓の爲め少からぬ金を要するが故に目下の處改正事業に充つ可き
資金は毎年十萬圓にも足らざる〓な〓〓〓ぶ左れば事業は遲々として進歩せず僅に火事跡
を尋ね廻りて錢を要する最も少なき塲所より少々づつ改正を行ふのみにして土藏塗屋多く
火事少なくして買上に費用を要する所は肩摩穀撃雜沓を極めて最も改正の急を告ぐるも自
から後廻しと爲りて塲末の方は却て先きにせらるゝの傾きあるのみならず改正の爲めには
幸に大火事あるも今の有樣にては其跡に手早く改正を行ふことすら望む可らざるが如くに
して明治何百年の後に至て完成を見る可きや殆んど計り知る可らず誠に堪へ難き次第なれ
ば市民も大に奮發して一層工を急がんこと我輩の希望する所なり其次第は第一、市中の地
價の今後益々騰貴す可きは今日までの成行に徴して明なれば事業を遲延せしむるに從て其
買収の爲めに資金を要すること益々多かる可し第二、首府の繁昌、今後いよいよ著しきに
從て今の市區に不便を感ずることいよいよ深く到底永く堪ふ可らざるに至る可きは明なり
第三、帝都の壯觀を望むの點に於て永く今の不規則なる市區に安ず可らず第四、便利壯觀
の爲めに必要なる事業に錢を愛んで百年も二百年も成功を見ざるは市民の意氣地なきを示
すものにして其面目を損するものと云ふ可し凡そ是等の理由に依り我輩は事業の急施を促
すものにして急施するには一時に大資本を要すれども今や幸に世間には資本豐にして金利
安く市公債も百圓以上の市價を有することなれば更に市公債を募集して着々工を進め少く
とも三五十年の間には大略完成せしむ可し或は清國より入手したる償金の内より一千萬圓
許り借用して取敢へず急要の改正を行ふも亦一策ならん三十年の間に之を行ふも百年の間
に行ふも亦一策ならん三十年の間に之を行ふも百年の間に行ふも入る丈けの金は入るもの
とすれば寧ろ急に施行して一日も早く前記の利益を樂むに若かず特に其利益は獨り工事を
起したる當代の市民のみ之を受くるに非ずして後世の人も等しく受くるものなれば爲めに
多少の借財を遺すも子孫に於て少しも苦情ある可らず即ち我輩の市民に向て奮發を促す所
以にして市政の局に當るものも徒に其負擔を輕うして俗情に阿らんことのみに汲々たる可
きに非ざるなり