「百聞一見」
このページについて
時事新報に掲載された「百聞一見」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
百聞一見
人間の世に處し事に當るには平生の心掛大切なり今の世人を見るに世間の事は實地經驗に
非ざれば不可なりとて單に經驗々々と唱へて學問知識を輕蔑すること一般の風なるが如し
事の實際に經驗の必要なるは勿論なりと雖も人間が事に當る時間には自から限りあり一年
三百六十日營々擾々事務に耽る能はざるのみか凡そ人生の前一半は學問修業に消費するの
常にして最も大切の時間なるに其間に修めたる學問知識は一切無益にして實地の事には更
に新經驗を要せざる可らずとあれば歳月匆々日も亦足らずして恰も經驗の爲めに忙殺せら
れざるを得ず畢竟無學の俗輩は學問知識を以て單に字を知り書を讀むものとして斯る心得
違ひを爲すに過ぎざるのみ彼の百聞一見に如かずとの語の如き世人の常に唱ふる所にして
恰も俗輩の心を得たるものならんなれども我輩に於ては毫も感服するを得ず昔語に衆人相
會して談、虎の事に及びたるに坐中の一人遽に色を變じて戰慄したるものあり其故を問へ
ば曾て山中に虎に逢ふて虎の怖る可きを知りたるが爲めなりとの談あり即ち百聞一見に如
かざるの例として見る可きものなれども實物を一見して後に始めて虎の怖る可きを知ると
は如何にも迂濶千萬なり若しも其人が平生學問上に虎とは如何なる動物にして如何なる性
質のものなるやとの知識を得たらんには一見驚かざるのみか坐上の談を聞て色を變ずるこ
ともなかる可し學問知識の大切なるは即ち此處にして多々ますます學び多々ますます知り
平生より百聞の功を積み他日一見の機會に之を實地に照應して果して百聞の誤らざるを證
し恰も百回の經驗を収むるは讀書學問の心得あるものにして始めて能くす可し無學なる俗
輩の到底企て及ばざる所なり然るに若しも俗輩の俗見に傚ひ世間の事は經驗に非ざれば不
可なり百聞一見に如かずとて始めより一見の手段に出で例へば外國の事情を知るには西洋
の實地を見るに如かずとて外國の護をも解せずして唖の實地を見るに如かずとて外國の語
をも解せずして唖の旅行を試み花柳社會の事に通ずるには實驗の外なしとて自から青樓に
〓連したらば如何、或は一見の實際に自から得る所はあらんなれども世間は廣く人事は多
く一見を要するものに限りはある可らず限りある人間の精力と時間とを以て限りなき世間
の事物を片端より殘りなく一見せんとするは到底出來ざる注文にして愚の極と云はざるを
得ず果して外國の事を知らんとならば書を讀み新聞紙を見て充分に情を悉したる上、折も
あらば一見も可なれども忙しき身に時と金とを費して態ざ態ざ洋行にも及ばざることなり
又花柳の事情とても之を知らんと欲せば自から知るの工風なきに非ず必ずしも身を惡所に
投じて自から醜状を探るの必要はなかる可し昔し昔し支那の神農氏は藥を發明するが爲め
に天下の草根木皮を悉く甞め盡して自から其味を味ひ以て効毒の有無を實驗したりと云ふ
文字なき蒙昧の古代には斯る〓段も止むを得ざりしことならんなれども今日の文明社會に
は藥の効毒の如き藥局法に詳記して人々これを〓〓の便に乏しからず世間凡百の事も之と
同樣にして〓〓〓〓技術なり政〓なりあらゆる世事人事に古來今に至るまで幾多の經驗實
歴は一々書籍に記載せられて甚だ明了なり讀書學問は即ち其事實を知り自から鑑みるの方
法にして人々平生の心掛如何に由りては一巻の讀書、百回の經驗にも價す可し學問知識の
大切なる斯くの如し單に經驗々々と唱へ一見の經驗を重んじて百聞の知識を輕蔑するが如
きは俗輩の俗見にして我輩の取らざる所なり