「臺灣經營の第一着」
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時事新報に掲載された「臺灣經營の第一着」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
臺灣經營の第一着
臺灣の亂も既に平ぎたれば其筋に於ては今後の經營に付て協議中ならん一説に臺灣は所に
據りて文野の相違著るしく到底畫一の政治を行ひ難ければ全嶋を三段に區別し其最も開化
したる部分を假に文明界と名けて民政を施し半ば開けたる所は半開地として軍政組織と爲
し其餘の地方は野蠻界として征服主義を以て御す可しと云ふ臺北、臺南の如き基隆、打狗、
安平の如き稍々人間社會の風を成したる地方と未だ全く王化に浴せざる野蠻地方とは同一
の筆法を以て治む可きに非ざれば行政の基礎を右の如く定むるは時の必要に應じたるもの
として之を賛成すると同時に我輩の特に當局者に所望する所は交通の便を開くの一事なり
凡そ交通と文化とは離る可らざる關係のものにして交通の便、一歩を進むれば文化も亦一
歩を進む可し海港の濱、河川沿岸の古より開化したるも交通の爲めにして十九世紀の文明
も交通の賜なり左ればこそ今日西洋人が地を拓き民を植うるに先づ道を開き鐵道を通じ電
線を架するを以て第一の要務とする次第にして文化も道なき所は歩む能はず汽車なき地に
は進み難きものなれば臺灣の拓植も交通を以て第一の要義とせざる可らず特に兵亂は一旦
鎭定したるも人民は概して頑愚にして去就常なきのみならず山賊は要害に立籠て良民を苦
しめ蠻類は山林に割據して王化に霑はざる同嶋の如き地方に於ては警電一たび到て守兵直
ちに出陣するの便なくんば生命財産も安全を得ず爭でか文化の普及を期す可けんや又前に
云ふ如く臺灣の行政組織を區別して文明、半開、野蠻の三段に標準を定むるも是れとて永
久の計には非ず次第に蠻地を開て半開地に繰込み半開地を導て文明界に編入すること恰も
北米合衆國が漸次、洲外地を州に組入たるが如くするの趣意ならん然るに今この事を成さ
んとするには何は扨置き先づ道路を開て各地を聯ね往來交通を自由にせざれば政治の仕方
は如何に巧なるも山河に隔てられ谿谷に妨げられ文化四達の道なくして拓植の効、容易に
奏す可らず左れば彼の内地の交通を便利にすると共に之に渡航するの法をも容易くして本
國民を誘はざる可らず火事塲に彌次馬の飛び出すは徒に混雜を增すのみにして事に益なし
兵亂の最中に臺灣渡航を制限したるは必ずしも理由なきに非ざれども亂既に平ぎたる上は
一日も速に渡航を自由にして嶋の偶々にまで日本人を植付けざる可らず内地には奮發して
彼の新版圖に移住し又は往來して利を興さんと欲するもの少なからざる其上に目下始めて
干戈を収め全嶋の慘状恰も暴風後の荒野の如くにして日本人の拓植を待つこと切なるに最
早や通行遮斷の要はある可らず天〓〓〓無上の寶藏を空うして良田に雜草の蔓延を許すは
唯順良の農民に乏しきが故のみ今の渡航を制限するは我良民の〓〓を制限するものにして
一日の制限は國家一日の不利と云ふ可し單に農民のみならず現在臺灣に居留する者は軍人
も人夫も將た人民も萬事不自由勝にして物價甚だ不廉なるに法の爲めに商人等の渡航も自
由ならずとあれば彼等の利す可き利を失ふのみならず絶嶋の同胞を苦しむるものにして双
方の不利不便と云ふ可し何れの點より見るも渡航の制限は斷然こゝに解除して農業に商業
に一日も速に同嶋をして日本化せしめんこと我輩の切望する所なり