「第九議會」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「第九議會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

第九議會

は本日を以て東京に召集せらる大戰爭後のことゝて議す可き議案少からず軍備、鐵道、航

海、電信、電話の擴張及び增税等孰れも急要の大問題にして例年なれば喧しき議論もあら

んかなれども今日は然らず全國の民心殆んど一致の有樣なれば議會も無事に通過すること

ならん目出度次第なれども獨り責任論のみは議塲に特色を呈して爲めに或は多少の波瀾を

生ずるやも計り難し其初めに於ては此論の勢力も強からず萬々多數を制するの氣遣ひなか

りしかども近頃國民協會の中に賛成者を生じて去る二十二日の大會に於ては重要の諸案を

議了したる後政府の失政を問ふことに决したりと云へば自から波瀾の豫報として視る可き

ものゝ如し議會の波瀾は毎度の事にして我輩常に之を悦ばず其これを悦ばざるは徒に物論

の喧すしきを厭ふに非ず議會が大體の方向を誤り動もすれば黨爭の爲めに國家の大事を忘

れんとするを悦ばざるなり苟も國家の急務を急として議了を怠らざれば物論の囂々は固よ

り問ふ所に非ざるのみか議會は行政をも監督せざる可らざるが故に常に内治外交に注目し

て當局者の失策と認む可きものあらば遠慮なく之を論じ之を責めて其腐敗を防ぐこと最も

大切なる職分なり若しも然らずして徒に平穩を祈り自家の職分に言ふ可きを言はず責む可

きを責めざるが如きあらんには腐敗の譏は却て議會に歸す可きのみ彼の遼東還附の如き朝

鮮事件の如き外交上の大問題なれば政客の所見に從ひ如何やうにも立言して是非利害を爭

ふ可し甲是乙非爭ひ盡して議塲の論勢果して政府方の勝に歸すれば則ち可なり或は然らず

して反對の議决を見んか當局者は須らく立憲風に運動して一度び議會を解散し議塲の决議

いよいよ國民の與論なるや否やを問ふが爲めに更らに新議會を開く可し斯くて此新議會に

於ても論勢舊の如くにして政府に與する者少數なるときは與論を重んじて穩に政柄を反對

黨に讓る可きのみ誠に造作もなきことなり是迄の議會には公然政府黨と稱するものなかり

しことなれば變則の進退も自から已むを得ざりしならんなれども今度は初めて政府黨と名

乘るものを出して當局者は之を率ゐて在野黨と爭ふの勢を成し政况既順に向ひたることな

れば政府の擧動も自から正則ならざるを得ず曖昧の進退は最早や時勢の許さゞ所なり然れ

ども國民協會は尚ほ未だ確乎たる責任論者と云ふ可きに非ざれば此論も或は格別の政變を

生ずることなく第九議會は無事に結了することならん歟記して議塲の實際に徴せんのみ