「打勝つ可らざるの國」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「打勝つ可らざるの國」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

打勝つ可らざるの國

日本は兵備未だ全からず金力亦甚だ豐ならざれども國民、護國の精神に富むは、著しき事

實にして到底外より征服す可らざるの國なり例へば今回の戰爭に於ても支那の人民は平氣

にして少しも敵愾の情を示さず軍費不足を告るも自から進んで出金せんとする者なく敗報

頻りに到るも憤激する者なく殆んど何處に風が吹くかと云はぬ許りの有樣なりしに反して

日本人民は婦人小兒に至るまで火の如く熱して只管勝利を祈り軍費餘りあれども献金は四

方より降るが如く軍需不足なきも献品は積で山を爲したる其中には下流貧民の特志に出で

たるものも少からず或は特別に勞働し或は衣食の費用を減じ或は祭禮を廢して餘し得たる

金を献じ若しくは萬一の用意にとて十年の苦心を積で漸く貯へたる秘藏の錢を一錢も殘ら

ず義捐して其志の奇特なるに泣かしめ又或は平生一文錢をも惜んで吝嗇の名を成したる者

が外戰と聞て身分不相應の金を出したる事例も少からず即ち匹夫匹婦に至るまで國の榮辱

を以て直に身の榮辱と爲し國と共に起ち國と共に倒るゝの精神を現はしたるものにして今

後萬々一にも外國と爭を生じて敵軍日本の土に上陸するなどの變あらんか彼の支那人を學

んで錢の爲めに敵の雇人と爲り人夫と爲りて便利を與ふる者は國中一人もなきのみか四千

萬の國民は即ち四千萬の兵にして隱現出沒或は進み或は退き死を見ること鴻毛の如くにし

てあらん限りの抵抗を試み敵は恰も針の上に坐するが如く煙の中に呼吸するが如く遂に足

を留むるに由なからしむるは今より期して毫も疑を容れず日本國民の眼中唯自國あるのみ

自身を知らざる者なり左れば區々たる臺灣の土民さへ一致結合して刃向ふに於ては之を征

服すること容易ならず精鋭數萬の兵を動かし半歳を費して漸く功を奏したり又キユーバは

〓爾たる屬嶋なれども嶋民虐政に憤激して叛旗を飜すや西班牙は精兵五萬、軍艦幾隻を以

て一年の間盡力したるも尚ほ鎭定せざることなれば况して勇武なる我國民が一致協同死を

决して敵に當るに於てをや如何なる強國が如何なる同盟を結んで如何なる大兵を動かすも

日本は到底打ち勝つ可らざる國にして加ふるに今や軍備を修めて有形の國防を嚴にせんと

計畫しつゝあることなれば我れより進んで侵略するの談は別問題として苟も自衞の一段に

至ては國民の自から保證して自から信ずる所なり君子坦丁堡以東、亞細亞の諸邦國は殆ん

ど將棋倒しに倒れて獨立の實を完ふするもの一もあらざるに獨り極東に至て屹然動かす可

らざるの國を見んとは西洋人の豫想外にして我々の快とする所なり