「鐵道改良」
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時事新報に掲載された「鐵道改良」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐵道改良
前號に述べたる如く天然の港灣に人工を施して大に修築を加へ船付の便利を見るに至るも
國中の各所より其港灣に達するの聯絡完からざるときは運輸交通の不便は免る可らず即ち
鐵道改良の必要なる所以にして港灣の修築と鐵道の改良と兩々相待て始めて充分の結果を
収む可きものなり目下我國の鐵道は官私設合せて二千哩の延長に達し尚ほ續々計畫の線路
も少なからざれども其規模何れも狹小にして目下の必要に應ずるに足らざるは事實に明な
る所なり例へば速力の一事に就て云ふも現在の仕組にては青森より長崎に至るに凡そ四日
間を要す可し堪へ難き次第のみならず現に過般戰爭中の大輸送に際し當局者は成る可く商
賣人事を妨げずして實行の目的なりしかども實際には事の急に迫られ殆んど一般の乘客荷
物を度外視して專ら軍事輸送一方を勉めたるにも拘はらず尚ほ非常の緩慢を免れずして爲
めに幾分か軍機の遺算を招きたることも少なからざる可し我輩の今に遺憾に堪へざる所な
り畢竟この不便は狹軌鐵道の仕組に免れざるものにして今後線路の延長に從てますます不
如意を感ずるのみなれば寧ろ今の中に思ひ切て全國の線路を廣軌に一變せしむるの决斷こ
そ肝要なれ抑も兩軌道の利害は我輩の屡ば論述したる所にして今更ら云々の必要なけれど
も速力の遲緩運輸力の不足等は狹軌道に固有の欠點のみならず第一に現在の仕組に於て最
も不便に堪へざるは新奇の發明工風を利用すること能はざるの一事なり西洋諸國を見るに
鐵道上の發明工風は日新又日新改良進歩日も亦給らざる有樣なれども如何せん其發明工風
を我國の鐵道に利用せんとするも彼我その仕組を異にして彼の廣軌道の方法は我が狹軌道
に適用するを得ず止むを得ずして舊時の舊式に安んずる次第なれば今後幾年ならずして双
方の間に非常の距離を生じ等しく鐵道と名けながら實際の効力を比較したらば全く別物な
るが如き相違を見るに至る可し明白の成行にして堪へ難き處なれば仕組の一變は是非とも
斷行せざる可らず我輩は其斷行の一日も早きを以て國家の利益と認むるものなり今回政府
にては東海道鐵道を複線とするの計畫あり豫算委員の中には異議を唱へたるものあるにも
拘はらず結局原案賛成に决したりと云へば多分行はるゝことならんなれども狹軌道の運命
は既に已に明白なるに今更ら複線となどとは二重の手數を掛くるものにこそあれば寧ろ此
機會に計畫を一定し全國の官私線を併せて一樣平等廣軌道に一變の决斷を取る可し或は其
手段の容易ならざるを疑ふものもあらんかなれども米國などにては幾百哩の鐵道を一夜の
間に廣軌道に一變したるの例さへなきに非ず全國一時に行ふも敢て難きに非ざれども我輩
の所見を以てすれば斯る急激の手段に由らずとも今の線路を其儘にして汽車の運轉を自由
にしながら其線路に並んで別に廣軌の一線を敷きいよいよ敷設を終りたる上にて舊線を取
外し又は敷換に着手するときは甚だしき不都合を見ずして目的を達す可し或は官線は兎も
角も私設會社に廣軌道の注文は到底資力の許さゞる所なりとの説もあらんなれども既に仕
組の一變と决しながら獨り私線のみを今の儘に差置くときは實際に改良の效を無にするこ
となれば若しも資力の許さゞる塲合には政府の費用を以て其工事を負擔し漸次に其償還を
約束せしむるも差支ある可らず假りに變換の費用を一哩に付き二萬圓とすれば全國二千哩
の工事は四千萬圓にて成就す可し左まで大事に非ず斯くて港灣の修築と鐵道の改良と兩々
相待て海陸交通の便利を全うするときは自から殖産興業の道も開けて商賣貿易の繁昌を見
るに至る可し彼の電信電話郵便の擴張の如き國力の發達に必要の事業に相違なしと雖も海
陸交通の有樣を今日の儘にして單に電信郵便等の擴張を謀るは恰も神經を鋭敏にしながら
手足の運動は之に伴はざるに等し發達の完全なるものに非ざれば何は兎もあれ港灣の修築
と鐵道の改良とを國家事業の兩眼目として其實行を先にし國力の發達を全うせしめんこと
希望に堪へざるなり