「政府の精神果して如何」
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本文
政府の精神果して如何
碩果生
人民が外に出でゝ貿易起業に從事し外國人と競爭して自から利し兼て國を益するの計畫を
實にするには其背後に大に賴む所のものありて毫も危險を感ぜざるの安心なかる可らず彼
の英國人が世界の各所に橫行して勢力を奮ひ商賣貿易の利を占むるものは自國の軍艦が常
に人民の到る處に伴ひ其商船を保護し又その居留地植民地の安全を擔保して恰も本國同樣
の安心あればなり一昨年日清開戰の當初に際し日本人の奮發は非常にして海外起業の精神
躍々自から禁ずるを得ず現に交戰の最中にも拘はらず朝鮮の内地に鐵道敷設の計畫談を催
ほして實際に運動したるが如き畢竟國の後援に賴む所ありしが爲めにして其意氣込み一方
ならざりしに然るに今は則ち如何、海外の起業は扨置き現在我所屬地たる臺灣の一部に草
賊蜂起の沙汰を聞けば人々相警戒して其影響を内國の商賣上に見るが如き前後を比較して
變化の甚だしきに驚かざるを得ず其然る所以は如何と云ふに疑もなく彼の干渉事件に付き
我力の足らざるを證明し一般に不安の念を催ほしたるが爲めにして其原因は自から明白な
り明白の原因果して此に在りとすれば何は兎もあれ其力の足らざるを足して大に備へ以て
一般の人心を安んぜしむること焦眉の急と云はざるを得ず即ち戰後經營の第一着手に軍備
擴張就中海軍擴張の必要なる所以にして我輩は彼の事件の終結後、直に臨時議會を開て其
事を議せしむ可しと勸告し世間に於ても一般に希望したる所なりしに政府の當局者は如何
なる考にや徒に躊躇して可惜時機を逸せしめたり然らば通常の會期までには大計畫を案じ
て一般に滿足を與ふるの擴張案を提出と思ひきや實際の提案を見れば其規模の小なる只失
望の外なし陸軍の計畫は一通り差支なきが如くなれども海軍は如何と云ふに明治二十九年
度より三十五年度に繼續する擴張の總費額九千四百餘萬圓にして其中軍艦の製造費は四千
七百餘萬圓に過ず僅々四千餘萬圓にて幾隻の軍艦を製造し得べきや數の明白なる處にして
是れが戰後の大經營とは心細き次第ならずや或は政府の計畫は决して之に止まらず明年度
に於て更に大に提出の筈なりと云へども一日片時の急を要する海軍の擴張に明年度を期す
るとは何事ぞや或は政府に於ても事の急は認めながら財源に乏しきを如何との説もあらん
か差當り目下既収の償金を差向けて然かも尚ほ足らざるときは大に增税を斷行して大に擴
張を謀る可きのみ今日の塲合に租税の負擔の如き吾々國民の敢て辭せざる所なればなり或
は又政府が大决斷に躊躇するは財源の一點を別にして何か憚る所あるが爲めなりなど云ふ
ものあれども斯くの如きは我輩の斷じて取らざる所なり抑も干渉事件の始末は我力の足ら
ざる明白の證據にして爲めに人心の不安を招きたることなれども其力の足らざるとは國力
の足らざるに非ず單に軍備の足らざるが爲めにして其軍備の不足は目下の國力を以てすれ
ば如何樣にも充足せしむるの工風なきに非ず吾々國民は彼の始末に付き從來の謬見を悟り
國の全力を注ぎても軍備の充足を謀らんと决心したることにして單に其罪を政府に歸せん
とするものに非ざれば當局者たるものも國民と心を共にし腹藏なく肝膽を吐露して事を謀
るこそ國の爲め親切の處置なるに然るに徒に事を遲疑し一般の人心をしてますます不安を
感ぜしめ遂に解體の極に陷ることもあらば誰れと共に斯國を護らんとするか自から力の足
らざるを悟りて其充足に勉むるは今の世界の立國に至當の計にして决して憚る所はある可
らず其憚る可らざるを憚りて人心の不安を度外に置くが如きは我輩の斷じて取らざる所な
り此程當局者が議會に於て述べたる演説の中に政府に於ては胸襟を開て充分に諸君と國家
前途の計畫を御相談致す積りなりとの一言あり此一言果して眞實の精神ならんには眞實打
明けて相談に及ぶ可し吾々國民は今日の塲合、國家の爲め眞實の相談とあれば喜んで之に
應じて事を共にせんと欲するものなればなり