「英國の擧動如何」
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時事新報に掲載された「英國の擧動如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
英國の擧動如何
東洋に於ける露國の勢力は日にますます伸張して潮の陸地を侵すが如く漸く世界の政治地
圖を變ぜんとするの勢あるが如し之に對する日本の經營は自から存することゝとして我輩
の知らんと欲する所のものは英國が如何なる手段を以て其勢に應ぜんとするかの一事なり
抑も露國が東洋に勢力を占むるは單に東洋諸國の利害のみならず世界の列國就中英國の利
害に覿面の關係なきを得ず政治上は勿論、文明の性質より云ふも歴史上自然の傾向より云
ふも英露の二國は永久反目の因縁を有するものにして或は昨今英人の一部に行はるゝ英露
同盟説をして萬一實際に行はれしむることありとするも其同盟は一時の同盟にして决して
永遠に維持す可らず假りに一歩を讓り兩國の同盟にして案外に永續することもありとせん
か是れぞ取りも直さず英國が他の意を迎へて其歡心を求むるの結果に外ならざれば之と同
時に英は世界に對して信用を失ひ或は現在の地位を保つこと能はざるに至やも知る可らず
左れば英國にして東西の與國をして依然己を信じて利害を共にせしめんと欲せば露に對し
て寸分も讓ることなく飽までも東洋の覇權を爭ふの覺悟なかる可らず他國人の見る所尚ほ
且つ斯くの如し况んや其本國人に於てをや彼の露國が獨佛の二國と聯合して日清の平和條
約に干渉したる時に當り英國は全く傍觀して一指だも動かさゞりしを見て東洋在留の同國
人等が悲憤慷慨したるも自から謂れなきに非ざるなり然りと雖も英國は自から英國なり何
かの機會に乘じて此局面を一變するの姿勢を取ることならんとは一般に期したる所なるに
爾來何等の目ざましき擧動もなきに引換え露の運動はますます敏活にして已に山東省の要
港たる膠州灣を支那より借受けて二十餘艘の軍艦を碇泊せしめ六千のコサツク兵を上陸せ
しめたりと云ふ其傍若無人眼中既に英人なきの有樣を見るべし又セント ピータースボル
クにて發刊するノヴヲ ウレーミヤ新聞は露國の勢力を印度洋に樹立せんがためスマトラ
嶋の近傍なるプロポビ嶋を和蘭より買ひ受く可しと論ぜり是れ又新聞紙の一家言にあらず
して自から軍事部内の意見を代表するものなりと云ふ露が此くまでに勢力を逞ふするに當
り英は如何なる手段を以て之に對し以て其地位を維持せんとするか千八百八十九年英露の
間に事あらんとするや英國政府は其東洋艦隊司令官をして一電令の下に巨文嶋を占領せし
めたるは我輩が英國外交の機敏勇斷を證する一例として記憶する所なるが膠州灣借受に對
する反抗運動の今尚ほ起らざるものは如何なる次第ぞや前後を比較して聊か怪訝に堪へざ
る所なり英國にして果して既得の信用を失はず世界の表面に現在の地位勢力を維持せ〓〓
〓らば今日に於て明白大膽の擧動に出で英國は决〓〓〓〓たるにあらず又决して露國を憚
かる者にあらずとの事實を發表して世人の疑惑を一掃するこそ肝要〓〓思ふに其當路の政
治家には必ず成算の存すること〓〓〓我輩の敢て知らんと欲する所なり