「朝鮮新政府の前途」
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時事新報に掲載された「朝鮮新政府の前途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
朝鮮新政府の前途
朝鮮政變の眞相は未だ詳ならざれども兎に角に國王の意を以て前政府を顛覆し剰へ當局の
大臣等を殺戮しえ更に新政府を組織したるだけの事實は確なり事の利害得失は自から別問
題として其新政府は國王の親任も淺からず又後援の賴む可きものもありとすれば變後の始
末は甚だ穩にして萬々歳を期す可きやと云ふに我輩の所見に於ては容易に然りと答へざる
のみか或は遠からずして再度の變亂なきを保證すること能はざるものなり其次第を語らん
に此頃斷髪令に不服なりと唱へて國内の各地に蜂起したる暴徒鎭壓の爲めに政府は親衛隊
即ち元の訓練隊を派遣したり然るに新政府は該暴徒は斷髪令の爲めに蜂起せしに非ず即ち
去年十月八日の事變を憤りて起りたるものなれば今や當時の國賊既に〓に服し餘黨も漸次
法を正す可ければおのおの其堵に安んじ暴徒の巨魁以下悉く罪を問はず出征の軍隊は即日
引上ぐ可し云々の詔勅を發したりと云ふ暴徒の蜂起は果して斯る事情の爲めにして此一令
にて直に解散するや否や甚だ覺束なしと雖も其事は姑く擱き抑も彼の訓練隊は十月八日の
事變に與て大に力ありしのみか實際には寧ろ主動者とも見る可きものにして取りも直さず
國賊の餘黨と認められ法に問はるゝこと疑なければ無智の兵卒輩は兎も角もおのおの引上
げて自から死地に陷るものはある可らず昨日の官軍今日の賊、征伐せられんとしたる暴徒
の無罪に引換へ其征伐に向ひたる官兵は今は身を容るゝに所なくして其進退を如何と云ふ
に引上げの命を奉じて京城に歸りむざむざ殺戮せられんより事の成否は兎も角も一命を賭
して君側の奸を除くの决斷に若かずとて相率ゐ戈を倒にして今の政府に叛くことならん從
來烏合の暴徒さへも殆んど持餘したる朝鮮の政府が唯一の羽翼と賴みたる親衛隊に去られ
て丸腰同樣の其上に今度の新暴徒は即ち羽翼と賴みたるものにして多少の訓練もあり又兵
器にも乏しからざる其暴徒が國中に橫行して勢を逞うするときは恰も虎を野に放ちたるに
等しく之に手向ふものはある可らず果して斯る成行もあらんには國内の大亂、政府の危險
甚だ掛念の至りなれども我輩の更に掛念する所のものは此内乱亂の一事よりも寧ろ蕭牆の
急變に在り朝鮮人は非常に不忠不孝の名を惡みながら實際には自から不忠不孝の道を犯し
て毫も憚からざるの人民なり例へば彼の王妃の如き國人の怨を買ひたるの原因は自から存
すれども云はゞ〓の身分にてありながら其舅たる太院君を逆待して恰も幽囚同樣の取扱を
爲したるが爲めに朝鮮人の感情に於ては其不孝を惡むこと甚だしく天地に容れざる罪惡と
認め遂に彼の如き始末に及びたるものなり或は其中には眞實王妃の存在を國家の不利とし
て事を企てたるものもあることならんなれども一般は不孝の名を惡むの餘りに君臣の分を
忘れ非常の手段を敢てして自から不忠の行を犯したるに外ならず不忠不孝の名は非常に人
心を激し極端に趨らしむるの〓〓見る可し今度の新政府の擧動を如何と云ふに去年十月の
變革に對する復讐の意味に出でたるは明白にして前内閣の當局者たりし金忠集等は國賊と
認められて〓〓に遭ひたる程の次第なれば其運動は事の主動者たる太院君の身にも及びて
少なくも幽囚の厄難は免れざる可し必然の勢にして我輩の疑はざる所なり太院君の幽囚は
取りも直さず國王をして其父を逆待せしむるものにして其不孝を行はしめたるは即ち新政
府の當局者に外ならず朝鮮人の考を以てすれば國王を不孝に陥れたる不屆千萬の奸臣共な
れば其不考不忠の擧動は一般の人心を激動して前後を忘却せしめ新政府に對して意外の珍
事を引起すものなきを期す可らず我輩の掛念に堪へざる所なり訓練隊の始末既に困難にし
て内亂の騒動さへ圖る可らざる其上に近く牆蕭の内を顧みれば更に大に怖る可きものあり
新政府の前途頗る不安心なりと云ふ可し