「中央亞米利加の移住」
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本文
中央亞米利加の移住
國内の人民を海外に移植せしむ可しとは我輩の宿論にして東洋、南洋到る處移植の地に乏
しからざれども眼界を放て廣く世界を見渡すときは中央亞米利加の如きも日本人の新郷里
を造るに適當の塲所なるが如し近時歐洲の諸國は何れも亞弗利加の開拓を勉めて互に競爭
の有樣を呈したれども多くは政權擴張の意味を含むものにして單に商賣殖産の目的に非ず
若しも純然たる商利の目的ならんには中央亞米利加に着手したることならん現に米國、瑞
西、獨逸、以太利の諸國より同地に移住するものは年々非常の數にして最近十五年間に入
り來りし外國人の爲めに土着の西班牙人種は殆んど其政權をも失はんとする程の有樣なり
と云ふ而して是等の外人が中央亞米利加に渡來する其誘導物は何ものなりやと云ふに第一
に氣候、温熱にしてあらゆる植物の成長せざるものなく第二に人工寡少にして賃銀の價高
く勞働者の生活甚だ豐に第三には天然の富、就中金、銀、銅、鐵、鉛、亞鉛等に富みいよ
いよ採掘に着手するときは墨西哥の銀山、豪洲の金山の如く世界の耳目を驚すに足るもの
ある可しと信ずるが爲めなれども尚ほ其外に歐洲の資本家を誘導して心を傾けしむる最大
の原因は彼のニカラグワ運河の開鑿にして一旦成就の曉には歐洲と東洋との交通は必しも
蘇西運河を經由して印度洋に出づるに及ばず中央亞米利加を橫斷して直接に往來し得る其
時に至れば同地は恰も世界の中心と爲りて四方の刺激の爲めに自から發達進歩の勢を現は
し新世界以外更らに新天新地を生ず可しとの希望に外ならず其希望の遠大なる流石に世界
を家とする文明士人の心膽を見るに足る可し此頃アウドレー ゴスリング氏は北米評論に
於て中央亞米利加の事情を論じ五千弗の財産を有して克己勤勉の風に富み且つ少しく西班
牙語に熟するものならんには同地に移住して商業、農業、礦業、いづれに從事するも必ず
成功す可し云々と云へり我輩は我國人が區々たる財産を株守して無島里の蝙蝠たるに甘ん
ぜず大に此方面に向つて雄飛せんことを勸告するものなり或は言語は勿論人種風俗を異に
する日本人が其地に移住して歐洲人同樣目的を達し得べきや否やなどの掛念もあらんかな
れども同地の近状を聞くに西班牙本國の衰微と共に西班牙人種の組織したる社會は薄弱を
催ほし強大なる天然の勢力を壓服して人類の用たらしむるの力に乏しきのみならず近世文
明の壓力にも全く抵抗し得ざる姿にして事々物々不調子不整頓を極め著しき事業は多く米
國人の經營に歸するが如き有樣なりと云へば苟も日本人にして其地に移住し日本の富と勞
力とを注入して各種の事業に着手したらんには其成功必ず疑ふ可らずして日本人の新郷里
を世界の中心に立つること决して難事に非ざる可し國の光榮より云ふも一個人の利益より
云ふも我輩は同地移住の前途多望なるを疑はざるものなり