「朝鮮の騒動を如何せん」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「朝鮮の騒動を如何せん」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮の騒動を如何せん

近頃の報知に據れば朝鮮の各地に蜂起したる暴徒は勢ますます猖獗にして容易に鎭定の模

樣なきが如し最初暴徒の口實とする所は政府の斷髪令に不服なりとの一事なりしに新政府

は詔勅を發して暴徒蜂起の原因は斷髪令の爲めに非ず去年十月八日の變亂を憤りて不穩の

擧動に及びたるものなれば今や當時の元惡、罪に服したる上は自から解散す可し云々とて

征討の兵隊を引揚たれども彼等は毫も解散の色なきのみかますます亂暴を逞うすること不

思議の次第なれ我輩の所見を以てすれば其原因は斷髪令の厲行にも非ず又去年十月の事變

にも非ず所在の暴民等が政府の政令の行屆かざるに乘じ徒黨を結んで地方を橫行し亂暴を

働くは毎度のことにして近年來殊に著しく彼の東學黨の如き何か目的にてもあるが如くな

れども實際は是種の亂民にして百姓一揆に外ならず只政府に鎭壓の力なきを以て徒に其騒

動を大ならしめたるのみ殊に一昨年の戰爭に支那人の亂暴一方ならずして財産家屋を失ひ

たるもの多く人民の難澁この上もなけれども政府に於ては救助の手段を施さゞるより殆ん

ど衣食の道に窮し相率ゐて盗賊を事とするの外なき有樣にて暴動の破裂は目前の有樣なり

しに幸に日本の守備隊が内地の所在に駐屯したるを以て彼等は其兵威に畏れて敢て發せざ

りしものが其後守備隊もおひおひに引揚げて畏る可きものなきに至りしにぞ忽ちに破裂し

て所在に蜂起したる次第なり扨その暴動は彼國の内事にして吾々他國人の毫も頓着せざる

所なれども現に暴徒の害に遭ふたる日本人も少なからず目下の事情、内地の旅行等は甚だ

危險にして開城及び平壤邊に出稼の商人などは既に京城仁川に引揚げたりと云ふ斯る有樣

にては商賣貿易も到底行はる可らずして我國の利益に關すること容易ならざる次第なれば

何とかして其始末を付けざる可らず甚だ小人數ながらも目下尚ほ電信線路保護の爲めに日

本兵の各所に分屯するものあるを以て彼の暴動も未だ大事に至らざれども其兵員は單に電

信保護の爲めにして素より暴徒鎭壓の任務を帶ぶるものに非ず然かも彼等に襲撃せられて

死傷したるものさへありと云ふ何れにしても此儘に付するを得ざるものなり或は彼の政府

に嚴談して治安の責に任ぜしむ可しなどの説あれども政府自身の維持さへも覺束なき其政

府に如何なる事を談じたればとて容易に埒の明かざるは明白にして無益の勞にこそあれば

目下差當りの急は彼國に駐割する各外國使臣の會議を開き其本國政府の意見をも確めたる

上、外國の兵力を以て國内鎭壓の任に當らしむるより外に手段はなかる可し彼の政治の改

良談は各國協同して共に從事するも差支なけれども兵力の一段に至りて各國共同の兵を以

てするが如きは實際に行はれ難きことなれば是非とも或る一國の兵力に依賴せざる可らず

從來の行掛よりすれば其役前は迷惑ながら我國に歸することならんなれども其邊は會議の

結果として何れに决するも差支はある可らず我輩は只一日も早く其事を决し彼の國内の騒

亂を鎭定して外國人の生命財産を安全ならしめ商賣貿易の無事に行はれんことを希望する

ものなり