「露清秘密條約に就て」
このページについて
時事新報に掲載された「露清秘密條約に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
北支那日日新聞に於て公にせられたる露清密約の條項は青天の霹靂、世人を驚かしたるが如くなれども我輩の所見を以てすれば其中に含まれたる二三の意味が相互の間に合點されたるの事實は兎も角も一個の條約としては概して他人の〓〓臆測に出でたるものなるやを疑はざるを得ず其次第を述べんに抑も膠州灣が戰略上支那海の霸權を握るの險要地たるは兵家の通論にして旅順口の如きは渤海の關門としては緊要なるも支那海一帶の上より云へば膠州灣の〓要なるに如かざるなり然るに條約に旅順を主として膠州灣を代用港と爲したるは如何にも解す可らず况んや旅順にして若しも外國の異議あらば云云など豫め列國の抗議を豫定して目的を二三にするが如きは支那に對して我國の威信を繋ぐ所以に非ざれば露國が斯る〓〓〓の約束を爲さんとは信ず可らざるに似たり又露國從來の外交略を見るにバルカン半嶋と云ひ波斯と云ひ朝鮮と云ひ又土耳其と云ひ何れも現金主義に出でたるの例は少れにして多くは捨金を投じて其報酬を永遠に期し以て其大計畫を遂ぐるの用に供するの常なり若しも此條約をして眞實ならしめば露國は清國に金を貸したる其報酬として直に〓〓を申込みたるものにして平生慣用の手段に不似合と云はざるを得ず殊に清國か一朝外國と事あるの日には露國は清國の爲めに戰ふ可しと云ふに至ては自から危險を冐すの甚だしきものと云ふ可し清國が英、米、佛等の諸國に對する交渉は近來ますます他端にしていつ何時外國と事を開くやも知る可らざるに露國が斯る事態を知りながら清國の爲めに其戰爭を引受けんとするは甚だ疑ふ可き所なり故に我輩は彼の秘密條約の成立を信ずること能はざるものなれども然れども烟の發する所には必らず火ありの喩に漏れず外人をして斯る想像臆説を容れしむる露清兩國の間■(てへん+「丙」)は一轉して此秘密條約の意味を實際に實にするの機會なしとは云ふ可らず他日の事は我輩の保證する能はざる所なり唯吾吾日本人は斯る風説に心を動かさず鋭意國力を培養して爲すあるの實を具ふ可し苟も我に爲すあるの力あらば他國が如何なる計略を運らすも毫も意に介するに足らず我國民たるものは他國の爲すなきを恃まずして我が爲すあるの力を恃む可きのみ