「綿花輸入税の免除案」
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時事新報に掲載された「綿花輸入税の免除案」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
綿花輸入税の免除案
は既に衆議院を通過して本日貴族院の議事に上る筈なり此一事は國民一般の希望にして貴
院に於ても無論、異議はなきことならんと思へども世間には或は事理を解せずして反對を
唱ふるものなきに非ず其論旨を聞くに第一には若しも綿花の輸入税を免除するときは外國
品の輸入の爲めに内地の綿作を倒し其結果は無數の細民を苦しむ可しと云ふに在り如何に
も簡短至極の考にして殆んど辯ずるにも足らざるが如くなれども聊か一言せんに内地に於
ける綿作の振はざるは輸入税の如何に由るに非ず今日の世界に物の價は東西各國共に平均
するの常にして綿の價段の如きも亦リバープール孟買等の相塲に左右せらるゝものなれば
日本の綿作の振はざるは世界の相塲の大勢に於て引合はざるが爲めのみ現在の輸入税の如
き有るも無きも其大勢を如何ともする能はざるなり假りに免税の結果として内地の綿作は
倒るゝとするも一方には同じ結果として紡績業の盛大を致し木綿物の價を安くして衣服を
得るに容易なるのみならず其事業の爲めに仕事を多くして細民に就業の便利を與ふるとき
は差引して一般人民の幸福を增すものなり細民を苦しむ云々とは全く無稽の言なるを見る
可し又戰後の經營軍備の擴張に就き增税の必要は眼前なるに今更ら免税とは如何との説も
あるよしなれども凡そ税を取らんとするには其税源を養ふこと肝要なり税源を養ふとは國
内の殖産興業を盛にすることにして紡績業の如きは最も望を屬す可きものなるに僅々五六
十萬圓の輸入税を利するが爲めに其業の發達を妨げて顧みざるは恰も自身の肉を食ふて營
業を取らんとするに異ならず誰れか其愚を笑はざるものあらんや抑も日本の工業は近年來
大に進歩したる其中に就ても紡績業の如きは最も著しく製造の綿絲は單に國内の需用に應
ずるのみならず大に海外に輸出して國の富源を養ふ可きものにして今正に發達進歩の初め
なれば國家たるものは飽までも奬勵保護して目的を成さしめざる可らず既に日本郵船會社
の如きは孟買綿花の輸入に就き外國船に對して非常の競爭を試み會社の私に損する所少な
からざれども一般の希望を知るに足る可きなれば國民の意志智能を代表する貴族院に於て
は區々聞くに足らざるの異論に耳を傾けず本日の議塲に大多數を以て本案を議决せんこと
我輩の偏に希望する所なり