「日本中心主義」
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時事新報に掲載された「日本中心主義」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本中心主義
日清戰爭の爲めに収め得たる最大の結果は臺灣の割取にも非ず二億兩の償金にも非ずして
日本國民が自から其眞價を覺りたる自覺心にこそあれば戰後の經營として計畫、企策自か
ら少なからずと雖も社會の率先者として國民を誘導せんとする者は何は兎もあれ先づ此自
覺心を利用して之を目安に凡百の施設を割り出さゞる可らず自覺心とは從來東洋の偏隅に
蟄居して文明の潮流に後れ到底世界の檜舞臺に角逐する能はずと觀念絶望したる者が一旦
の戰勝によりて忽ち自家の地位の輕からざるを悟り東洋の孤嶋必ずしも孤ならず亦以て世
界の中心たらんとするを發見し斯かる上は决して自暴自棄す可らずと茲(玄+玄)に自重
自信の念を生じたることにして若しも善く此奮發心を鼓舞訓練して進まんには眞實日本を
以て世界の中心と爲すも敢て難きに非ざるなり元來東と云ひ西と云ひ定名あるに非ずヘブ
ルの昔人が其地より右を西とし左を東としたるに過ぎざれば苟も日本にして世界の中心た
る實を具ふる上は我國より支那大陸の方を西とし大平洋の方を東として地理上の名目を一
變することも决して無稽の想像に非ず今後日本國民の〓〓は此中心主義を極處まで擴張す
るものと决心覺悟して軍事外交の事は固より云ふまでもなく貿易交通〓〓施設の如きも
區々の情實、目前の利害に〓〓や〓〓〓主義より割り出すべきのみ例へば東京灣築港の計
畫の如きも東洋一孤嶋の港灣としては吃水二十〓〓の船舶を〓るゝに足らば或は十分なる
やも知る〓〓〓〓〓〓〓も中心主席の港灣たらしめんと自から期する以上は斯かる兒戯に
等しき小計畫にては到底、物の用に立つ可しとも思はれず北は西伯里鐵道落成して北歐の
貨物は一〓帶水の北海を經て我國に集注し西はニカラグワ運河開通して太西洋の巨濤を踏
破したる船舶が直に東京灣に入るの日ともならば幾多の費用を投じ幾多の人工を費して成
功したる折角の港灣も實際の用を爲さずして少しく吃水の深き船舶は空しく灣外に彷徨す
るが如き珍事も出來す可きが故に是非とも四十呎以上の深さとして如何なる大船巨舶も築
地の海岸に橫付と爲し得るの規模を具へざる可らず我輩は必しも此一事に關して云々せん
と欲するに非ず今の官民共に眼界の狹くして思慮の小なる一切の計畫依然たる小人嶋の〓
〓に安ずるを見て大に不平に堪へざるものなり世界の大勢を見るに西伯里鐵道落成して北
歐の生氣活動し〓〓の航海〓〓して南方の地力開發せられニカラグワの運河開通して歐米
の商勢一變する其運動は何れも日本を中心として寄せ來るものなれば日本の中心主義は避
けんと欲して避く可らざるものなるに何故に自から躊躇して天與の〓を空うせんとするか
我輩は日本國民が擧て其抱負を大にし一切の事、日本中心主義より割り出さんことを望む
ものにして若しも〓年の偏安主義に安んずることあらば遠からずして國家の施設一切蒔直
しの運に出逢ふの時あらんことを恐るゝものなり