「政府と自由黨との關係」
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本文
政府と自由黨との關係
第九議會も首尾善く閉會したるに就ては豫てより世人の注目したる政府と自由黨との關係
も明白と爲る可し自由黨も種々なる非難を忍耐したる報酬として其首領に内閣の一席を與
ふる位の事ある可しとは一般の想像なりしに政府部内にては板垣伯の入閣に反對する者あ
るがため容易に行はれず自由黨と政府との結托も殆んど破れんとすとか已に破れたりとか
風説取々なるは我輩の聊か怪訝に堪へざる所なり固より政府と自由黨とが如何なる關係に
成り行くとも我輩の聊か頓着せざる所にして政府若し其處置に苦しまば是れ自業自得にし
て傍より彼れ是れ心配すべき限りに非ずと雖も政治上の形勢を進歩せしめて國民の政見を
改善せんがためには聊か論ずる所なきを得ず抑も政黨内閣たると超然内閣たるとに論なく
議院制度を實行する國に於て内閣が圓滑に其經綸を實行せんには政黨の助力を要すること
必然の勢なれば政黨の首領を内閣に立たしめて其政権の幾部分を容るゝは已むを得ざる次
第にして我輩如き政黨の事に冷淡なる者と雖も亦此事實を否定する能はざるなり此事已に
必然の勢なるか伊藤内閣が近日其經綸を運用するが爲めに自由黨の力を借りたるも又自由
黨に酬ゆるに内閣の一席を以てするも當然の事にして自由黨の助力を借るにつきて最初よ
り同意したる閣員が今更ら其報酬の一段となりて不同意などとは驚き入つたる次第なり凡
そ他人の勞力を使役して報酬を與ふるは人間普通の道理にして此道理を無みするもの之を
輕薄と云ふ政府にても最初より自由黨を無報酬にて使役するの考には非ざる可し或は自由
黨の運動費として政府より多少の黄金を投じたりと云ふを口實として之にて已に十分なり
と云ふものあらんかなれども斯れは運動費に給したるものにして報酬に非ず自由黨に於て
は別に大に期する所なきを得ず其期する所とは別儀に非ず即ち其首領をして内閣に立たし
むるの一事にして自由黨の助力を可としたる閣員輩は今日に至て正さかに知らぬ顏も出來
ざる可し右は單に報酬の議論なれども是れは我輩の重きを措く所に非ず唯我輩は之を好機
會として政治上朝野の關係を道德問題より一變して政治問題たらしめんことを欲するもの
なり從來我國人の習慣として民間の者が政府に親しむこともあれば直に其節操を議して金
錢上の關係に説き到らずんば已まざるの風なりと雖も我輩の甚だ感服せざる所なり政府を
助くると民間黨を助くると其間に如何の區別ありや民黨を助くるは道德にして政府を助く
るは不道德なりとは如何にも人間の常識に合はぬ議論にして若しも斯る感情一偏を標準と
して政治上の事を判斷したらんには國家の利害得失は常に閑却せられて政治上の議論は常
に正邪忠奸の極端に趨らざるを得ず成行の明白なる所なり政府は必ずしも常に惡ならず之
を助くること却て政〓上の妙策にして國民の幸福なることを〓〓〓〓〓しも常に正しから
ず之を〓〓すること却っ手〓〓に〓ふ〓となる〓〓在〓〓〓〓〓〓〓處置は唯その〓〓上
の〓〓〓〓ら〓て定〓〓〓の〓今回自由黨と政府との結托の如きも其内部に立入りて秘密
を知らんに〓面白からぬ事抦も少なからざる可く又世上にて稱道する金錢授受の事ありと
するも他を奔走せしむるに運動費を給するは世間普通の事にして聊かも怪しむに足らざれ
ば斯る議論は一切止めにして政治上の得失利害を標準として論ずる風に改むべきものなり
若し萬一在朝黨を助くるは一切不道德、不節操にして士君子たるものゝ爲すべき所に非ず
とせんか斯く云ふ所の在野黨も他日その首領の入閣したる政府を助けざる可らざる時節到
來せんには如何なる辭を以て辯解す可きや甚だ心元なき次第なり故に我輩は政府が斷然そ
の偏癖心を打すてゝ板垣伯を入閣せしめ政府と政黨との關係をして道德問題より政治問題
に轉ぜしむる機成を助けんことを勸告するものなり若しも政府自由黨の關係を今日の如く
に曖昧不言の間に付し去らんか自由黨は非常の窮境に陷りて天下に申譯なきと同時に政府
は恰も他を弄びたる姿となりて朝野離合の問題はますます政治問題を離れ苛烈なる道德論
に趨るの成行ある可し我輩の聊か一言する所以なり