「臺灣嶋民の困難」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「臺灣嶋民の困難」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣嶋民の困難

臺灣よりの近報に曰く當地は近年稀れなる不作にして米價非常に騰貴し貧民は殆んど食料

を得る能はず或は耕作用の爲めに飼養する水牛を屠り食ふものさへあり無賴の徒に至りて

は公然、他人の米を盗んで罪に問はるゝも餓死するよりは尚ほ優れりとて毫も恐るゝの色

なく次第に罪人の多きを見るのみ臺北府などにては彼地にて苦力と稱する人夫の數、非常

に增し内地人の商店の前に群集して競ふて雇役を求むるも限りあるの仕事に限りなきの人

數、業に就くものは甚だ少なくして何れも失望の體は餘所の見る目も哀れなる有樣なり畢

竟客年來の戰亂にて農民は過半逃亡して跡を隱し然らざれば暴徒に與して或は捕はれ或は

殺されなどして農家は全く業を失ひたるのみならず適には家に居殘りて耕作に從事するも

のあれども本年はいつになく降雨多くして爲めに種米の腐敗を招き到底収穫の望なき其上

に例年の如く廣東福州等より送米の徒殆んど絶え香港安南より來るものなきに非ざれども

甚だ少量にして迚も目下の急に應ずるに足らず困難の情態は過般蜂起したる暴徒の如きも

日給を以て雇はれたる農民の多きを以て其一斑を知る可し云々と云へり戰後の慘状左もあ

る可きことにして是れぞ大に嶋民の心を収攬して日本化せしむるの好機會なる可し彼等も

今は全く日本の人民なれば假令ひ自業自得とは云ひながら其餓死に瀕するを見ては其儘に

捨置く可きに非ず實際食料に不足とあれば内地より米を送て其急を救ふ可きは勿論なれど

も單に恩惠的の救助は其結果の妙ならざる常にして况して嶋民の如き恩に狎れ易き輩に對

しては大に注意す可き所なれば我輩は此際、大に嶋地の事業に着手して彼等をして自から

力め自から食むの便を得せしむるの方法を主張するものなり即ち道路の開通、鐵道線路の

地調しの如き其着手を急にして嶋民を使役し賃銀の代りに米もしくは衣服の日用品を與ふ

るは彼等の最も喜ぶ所にして日本化せしむるが爲めにも甚だ便利なりと云ふ其次第は元來

臺灣の北部一帶の地方は彼の有名なる富豪家林維源の所有地にして其農民は悉く林の小作

人と云ふも可なる程の次第なるが林は其収穫を一切入手する其代りに衣服其他の日用品を

廣東厦門等の邊より輸入して農民に與へ其需用に供するの習慣なりしに林は昨年の戰亂前

より支那内地に逃れたるが爲め農民等は日用品を得る能はずして非常に困難なりと云へば

旁々以て好機會なれば此際嶋民を使役して衣服その他の日用品一切日本の物を與ふるとき

は彼等も自から日本品の便利を悟りて知らず知らずの間に風俗習慣を變ずるに至る可し又

内國の商人の如き此機會に乘じ米麥を始めとして各種需用品を積送り販路の擴張を謀る可

きは勿論、又事業家が彼地に入込み製茶製糖もしくは樟腦製造等に着手するには此上の好

機會ある可らず我輩は此際嶋民の救助を謀ると同時に彼等をして自から日本化せしむるの

方法あらんことを敢て希望するものなり