「虚禮空文」
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時事新報に掲載された「虚禮空文」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
虚禮空文
虚禮空文を廢して一切の人事を簡易豁達ならしむ可しとは我輩多年の宿論にして就中日本
の如き政治を中心として組織せられたる社會に在りては先づ政府の上より虚禮を廢し空文
を止め之に伴ふ繁縟の手數を減ぜざる可らず維新の改革なるものも畢竟二百五十年來積り
積りたる繁文縟禮を一掃し簡易豁達の新氣風を以て之に代へたるに過ぎず苟も維新改革の
目的を善しとしてますます之を發達完成せしめんとならば須らく簡易の一偏を以て萬般の
根據と爲す可し自から勢の當然なるにも拘はらず政府の當局者が動もすれば浮華虚榮の王
朝時代を回顧して之を追慕し其制度文物に擬して貴族制を設る等文明の進歩數里一偏の天
地に浮雲虚華の兒戲を演じて以て自から得々たる者を見ては我輩傍人は竊に失笑するを禁
ずる能はざるものなり其憐む可き痴情は固より沙汰の限りなりと雖も彼の民間黨と稱する
輩が常に政府の政策を非難して維新改革の精神云々など議論し一方に他を攻撃しながら却
て自から咎めに傚ふて虚禮空文に走るとは果して如何なる心事なるか我輩の解する能は坐
る所なり彼等が當路大臣の高厦大屋に住居して虚榮に流るゝを非難するは則ち可なりと雖
も之を非難する本人も亦錢さへあれば身分不相當の邊幅を張て自から高く構へんとするこ
そ可笑しけれ彼等が官界の階級上下の分限を見て其淡白ならざるを嘲るは則ち善しと雖も
彼等の中にも既得の爵位勳等など利用して尊大を氣取り凡俗を嚇すの具に供する者あるこ
そ笑止千萬なれ人を詛はゞ穴二つとは彼等の謂にして本來、簡易豁達の氣風を解し得ざる
兒戲社會に於ては咎る者も咎めらるゝ者も等しく虚禮空文の奴隷たるに於ては差異あるこ
となし唯爲し得ると爲し得ざるとの相違に過ぎざるのみ滔々たる社會の流風既に斯くの如
くなれば書翰の往復、席上の挨拶の如きも無益の尊敬を表し閣下令夫人御前奥樣などしら
じらしき辭を用ひて互に相喜ぶとは驚き入たる次第なりと云ふ可し之に反して如何にも快
活悦ぶ可きの報は佛國内閣の首相ブールジヨア氏が官廳の文書には一切虚禮空文を省き長
官の名にも閣下の文字を用ふることを止めたるの一事なり甚だ些細なるが如しと雖も以て
政府の執務に簡易豁達を貴ぶの一斑を知るに足る可し曾て佛國の小説中に共和政府の將校
が地方に行軍の時、田舎の村長が何か語る所あらんとして先づ閣下と呼びかけたるに將校
は之を推し止め閣下と云ふ勿れ汝も我も一樣平等の人類なりと云ひたることを記せり事は
假説に過ぎざれども是れ又佛人が自から人類の本分を知るの一證として見る可し我輩は我
官民朝野の人々が此事例に鑑みて自から大に悟る可きものなり