「七八年後の臺灣を思ふ可し」
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本文
七八年後の臺灣を思ふ可し
臺灣にして已に我版圖となりたる以上は其風俗習慣を日本風に化して一は以て文明普及の
目的を達し一は以て治安維持の手段たらしむるの必要なるや今更ら事新しく云ふまでもな
きことながら如何にして日本風に化せしめんかと云はゞ日本内地の人民をして續々同嶋に
移住せしむるの外なきは我輩の豫ねて論じたる所なり内地人民の移住已に必要と决したる
以上は移住を奬勵するも猶ほ且つ其足らざらんことを憂ふる位なるに政府が内地人民の自
由渡航を禁じたるは如何なる趣意なるか甚だ解し難き次第なりしが政府も愈々近日に至り
自由渡航を許可するの運に立至りしと云ふ我輩の聊か滿足する所なれども尚ほ一歩を進め
て臺灣の富源事業等に關しては成るべく速に報告を内地の人民に與ふること北海道の開墾
に關する報告の如くし且つ移住民及び企業家に對して及ぶだけの便益を授け政府として爲
し得る丈の補助を與ふること肝要なる可し我輩は此事に就き絮々論辯するを避け政府が三
十秒間も瞑目して將來の形勢を想像せんことを勸告するものなり今日の如く人民の移住少
なく土民をして其爲さんと欲する所を爲さしめて七八年の後、果して臺灣が日本の領地た
るを保つ可きか我輩の痛心に堪へざる所なり今日に於てこそ朝野老成の識者が民心の過激
に失せんことを恐れて頻に沈靜慰撫の術を試み兎にも角にもして外交の圓滑無事を維持す
ることなれども今日の實際は恰も一時の休戰に等しきのみ今後七八年を經過する其中には
東洋の形勢次第に切迫して我帝國の獨り物外に超然たるを許さず我れは既成の軍備に依賴
し滿を持して常に放つことなきを勉るも人の來りて事を促す者あれば之を默々に附す可ら
ず即ち老成人の慰撫策も盡き果るの日にして或は不幸を想像すれば外戰の必無を期す可ら
ず此悲しむ可き時に當り臺灣に移住民の數多くして其數從來の嶋民と匹敵する程の勢を成
すに非ずんば土匪蜂起は無論或は支那の邊より無賴の徒も來襲して遂には全嶋一般殺戮の
修羅道に陷るなきを保證す可らず假令ひ守備の軍隊あるも一旦の急に國事多端中央政府に
於て絶海の孤嶋を顧るに遑あらざるのみか其嶋民に報國の赤心なしとすれば軍隊は恰も孤
立して土匪の征伐に忙しく唯奔命に勞するのみ危險極まるものと云ふ可し左れば我輩は今
の謀を爲すに内地人を奬勵して一人も多く該嶋に移住せしめ處々群を爲して土地の實權を
握らしめんことを勸告するものなり斯くて嶋地に眞成の日本臣民を得て其數十分なるとき
は萬一の日に土匪の蜂起するあるも我れは臨時の義勇兵を募りて市邑の保安を維持し守備
の軍隊をして自由に討伐の任に當らしむるを得べし兎に角七八年後外交の形勢を臆測すれ
ば臺灣のこと一日も忽にすべからざれば當局者たるもの自由渡航を許可するに滿足せず更
らに進んで臨機の手段を用ひて内地の人民を同嶋に充實せしむるを怠るべからざるなり