「何ぞ志の小なるや」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「何ぞ志の小なるや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

何ぞ志の小なるや

少年の人々が世に出でゝ身を立てんとするには先づ志を大にして例へば政界に出づれば大

政治家たらんことを期し實業に從事すれば大富豪たらんことを期して遂に目的を達するの

抱負なかる可らず期する所大にして達する所、小なるは人事の常にして其志、大にして始

めて事の中庸を得べし一身を處するには細に注意して極めて小心にてありながら志は多々

ますます大ならんこそ立身出世の覺悟なる可きに今の少年輩を見るに口には大言壯語して

大に期する所あるが如しと雖も實際の行爲は全く反對にして單に小成に安んずるのみかい

よいよ出でゝいよいよ小なるの實を示すもの比々皆然るが如し彼等の口に政治家と爲れば

大臣參議たる可し商人と爲れば三井三菱たる可しなど唱ふるは毎度聞く所なれども其大臣

參議三井三菱を以て自から期する大言家が一朝世に出でゝ僅ばかりの給料に有付けば忽ち

衣服の美を飾りて所謂當世風の紳士を氣取り出入、車に乘るなど無益の贅澤を学び尚ほ少

しく進んで懷中の温度を高むれば忌に高尚を裝ふて書畫骨董を弄び謠曲、音樂を稽古する

等文明繁多の世の中に漸く楽隱居の生ずるを見るこそ奇怪なれ尚ほ甚だしきは此種の樂隱

居が風流の區域を廣くして遂には花柳の巷に戯るゝなど沙汰の限りを盡して自から耻ぢざ

る者多し斯く氣樂放逸に身を持ちながら立身出世に差支なければ人生の世渡りに心配はあ

る可らずと雖も僅々有限の収入に限りなき贅澤道樂は數に於て許さゞるのみか其贅澤道樂

の結果は次第に心身の衰弱腐敗を促して活溌〔つくり發〕進取の氣象を失ひ或は病の犯す

所と爲りて遂に墮落せざるを得ず畢竟その本を尋ぬれば志す所小にして自から謹しむの心、

足らざるが爲めに外ならず何ぞ其卑劣なるや抑も立身の道は甚だ難くして銘々の材能にも

由り又その人の運もありて志す所、如何に大なるも人々必ずしも大臣たり大富豪たるを得

ざるは勿論、實際に大志を抱いて其志を達し得るものは極めて希有の例として見る可きな

れども若しも百に志すときは假令ひ目的を達せざるも五十もしくは三十を得るの望なきに

非ず然るに最初より志す所甚だ小にして忽ち滿足とあれば其前途知る可きのみ古來人の立

身出世の跡を見るに其苦心經營は决して容易のものに非ず例へば今の政府の大臣などにし

ても或は維新の大業は鼻歌を歌ひながら成遂げたりなど云ふものもあれども實際は决して

然らず或は多年の辛苦事未だ成らずして身先づ死したるものあり或は將に成らんとするに

際して倒れたるものあり辛うじて其間を潜抜け幸に生存したるものが今日の地位を得たる

ことなり又彼の富豪とても其富を成したるは本來偶然に非ず非常の辛苦艱難を甞め盡し時

としては死生の境にも出入して漸く成功したるものに外ならず今の少年輩の如く少しく地

位を得るときは忽ち惰氣を催ほして眼前の贅澤道樂を恣にする體たらくにては如何に大言

壯語して自から粧ふも到底發達の望はなきのみか差當り一身の墮落を免る可らず其志の小

なるは銘々の事にして他人の敢て關せざる所なれども左ればとて假りにも文明の敎育を受

けて將來の望少なからざる輩が滔々相率ゐて斯る有樣とは傍より見ても堪へ難き次第なり

我輩は其人々が少しく志を大にして先づ其身を謹み前途の希望を長うせんことを敢て勸告

するものなり