「朝鮮に對する政策」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「朝鮮に對する政策」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮に對する政策

近來、對外政策の要は強硬にありと云ふ説甚だ勢力ありて朝鮮の如き弱國に對しても亦強

硬を主とし出來得べくば理上の理を主張し、權外の權を取れと云ふもの少なからざるが如

し如何にも雄壯活溌の議論ながら日本の朝鮮に於けるや恰も力士の赤子に臨むが如く到底、

比較すべき限りに非ず若しも日本にして朝鮮に對して爲す所あらんと欲せば何事か成らざ

らん求めて得ざることなかるべしと雖も力士が赤子の腕を拉ぎしとて幾何の名譽面目とな

る可きや名譽面目ならざるのみか怨を朝鮮に買ふて謗を列國に招く可し我輩が朝鮮政略に

就て漫に強硬一方を主張せざる所以なり且つ朝鮮にして其富強の域に進むことあらんには

之がために益を受くるものは何人なるかと尋れば支那人にも非ず米國人にも非ず工業貿易

の權を取る日本人の外ある可らずとすれば彼れを抑壓せずして之を寛假し公平慎重以て之

に交るは是れぞ所謂自利々他の方略なるに此邊の意味を解せずして單に鎭壓云々は我輩の

賛成する能はざる所なり此事に關しては世上の論客のみならず政府に於ても自から責を免

かれざるものあるが如し一例を擧げんに釜山居留地の如きも現在の地面は本來の約束より

も擴張せられたるものにして其擴張せられたる地面は現今の市價に照らし朝鮮人に對して

相應の報酬を與ふ可き筈なるに事此に出でず依然當時の地價を拂ふのみなりと云ひ又同居

留地水道の爲めに傍近水田の灌漑に用ふ可き用水を引き來りて地主を苦しめ用水の報酬と

しては一錢も支出せずと云ふが如きは隣國に交るの法として當を得たるものと云ふ可らず

若しも彼我地を〓へ朝鮮が日本に向つて〓かる失當の〓〓を施すことあらしめんには日本

人の憤慨は果して如何ぞや現に〓〓の如きも歐米列國の不對等の條約に對して非外の感興

さへ發せんとせる時世もありし位なれば朝鮮人が斯る處置に苦しめられたる結果として日

本を憤るの念を生じたることあるも决して彼のみを咎む可らざるなり而して右の如き處置

に由て日本人に幾何の利益あるやと云ふに僅々數萬圓を利するに過ぎずと云ふ斯る小得失

の爲めに朝鮮人の腦中に憤恨の根を植ゑ且つ開國の利を疑はしむるは果して得策なりや否

や其利害は一考を要せずして直に明白なる可し或は朝鮮人に對して公平愼重の處置を施す

ときは彼國在留日本人の間に不評判を招くの恐れありとて年來の仕來りに一任して改革を

躊躇するの意味もあらんかなれども是等は一切頓着するに足らず日本の外交方針は日本國

民全體の利害を目的とするものなれば少數なる居留人民の評判の如きは眼中に置かずして

可なり况んや居留人民と雖も心ある輩は必ず公平愼重なる處置を永遠の得策と認むるもの

多きに於てをや譬へば英國政府が其居留人民の聲に動かされて東洋政略に威壓主義を一本

槍と爲したる時に當り外國民は寧ろ英國を壓ふの情なきに非ざりしにローズベリー内閣に

至りてキムバレー伯が公平愼重の政略を取りし以來其感情頓に一變して英國を敬重するに

至りしを見ても公平政略の得失を知るに足る可しローズベリ―内閣に對し反抗したる橫濱

在留英人の擧動を非認したる日本國民は己の欲する所を他國に應用することを憚る者に非

ず聞く所に據れば我政府は遠からず日韓通商條約を改締するの議ありと云へば宜しく公平

愼重の施設なかる可らず朝鮮の如き未開國の政府に法律の權を與へて我人民の生命を托す

るが如きは危險至極にして决して許す可らざること勿論なれども其生産工業に不便なる條

項の如きは之を省き且つ一切の交渉に於ても公平を主とせんこと我輩の望む所なり