「交遊社會を興す可し」
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本文
交遊社會を興す可し
日本國力の發達は絶大なるものにして年々三億の貿易を爲し七八年の後には五十萬の陸軍
二十五萬噸の海軍を有するに至らんとし至る所の名邑大市は鐵道を以て聯結せられ製造所
の烟は日本全國を掩はんとす如何に厭世思想を有する者にても國力窮乏を唱ふるものとて
は非ざる可し近來國民が非常に活氣を生じて遊山、温泉行、名所詣を爲して行樂を事とす
のもの决して偶然の出來事に非ざるを知る可し國民の生活に此くの如き餘裕を生じたる際
に當りて我輩は東京市の生活を以て之に比較し聊か恥辱に思ふものなりと云ふは他に非ず
東京に社交遊樂を統一する英語に所謂るソサイテーと云ふべきものを有せず依然たる割據
の姿にして生活の餘裕に比しては其遊樂の規模甚だ狹小淺劣なる一事なり凡そ東京の如き
大都會に至りては自から一の國家とも云ふべき體相を具ふるものにして國家若し一の有機
體ならば大市も正しく一の有機體たらざる可からざるが故に其各部の働は各部の働として
其中心たるべき腦膸は必ず之を有せざる可らず然らずんば其體格の發達幼稚にして不完全
なるものと云ふの外なし譬へば德川初代の江戸には市塲の物價も區々にして中心の相塲所
とてなかりしものが人文の發達、生活の上進は自から商界の繁昌を催ほして遂に今日の東
京市には相塲會所を生じて中心市塲の形を爲したるが如く社會の中心の有機は其社會の發
達の高低を代表するものたるを知る可し此言果して眞實なりとせば交遊遊樂の中心社會を
有せざる東京市は其品格に於て尚ほ欠く所あり幼稚の毀を免れざる可し然らば則ち東京は
果して交遊社會なるものを有するの能力を欠くものかと云ふに我輩は全く然らずして已に
十分の力あるものなりと答へんとす試に政治商業の社會を見るに株式には株式の中心市塲
あり米穀には米穀の中心市塲あり青物には青物、政治には政治おのおの其中心を存して萬
般の施設自から此中心より生ずるに非ずや政治商業に於て已に中心社會を有するの能力あ
りとせば獨り交遊社會を有する能はずとの道理はなかる可し否な現に何々倶樂部と稱し
何々會と稱する社會上の會合は少からずして紳士、學者、政治家、軍人、商人、技藝家等
が其本業に鞅掌するの外社交の快樂を享受するの餘裕を有するは實際の事實に非ずや故に
我輩は速に東京をして其交遊社會を有せしめんことを欲して已まざるものなり假りに今日
の如き不調子不整頓なる東京に外人の來りて東京社會なるものを書かんと欲するものあり
とせんに彼は何によりて東京の社會を知り又東京社會の調子を知らんと欲するか統一した
る東京と云ふ一の有機體を見出すことは難かる可し或は交遊社會を起すを不可なりとせざ
るも交遊の發達に伴ふて驕奢、淫逸の弊を生ぜんことを憂ふる者もあらんかなれども我輩
は別に憂ふるに足らずとするものなり假りに一歩を讓りて其憂ありとするも今日の如く料
理店待合茶屋等に於て紳士たる者が小社會に〓るに比して一層淫逸の事ある可しとも思は
れず又その割據の小社會に行はるゝ驕奢よりも甚しきものありとも畏れず否な〓〓社會の
〓〓の大を加ふると共に〓〓〓〓〓〓、風韻〓〓〓をも輸入して社交上の〓風を〓〓〓こ
とも亦望なきに非ず畢竟今日の如き社會の制裁力に乏しきも交遊社會なる統一機關なきも
の自から其原因の一たらざるを得ず日本も已に田舎者に非ずして世界の大國民たるを期せ
んには其首府たる東京も飮食の外、別に社交遊樂を樂しむの品格なかる可らず我輩が敢て
勸告する所以なり