「郵便税改正の必要」
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時事新報に掲載された「郵便税改正の必要」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
郵便税改正の必要
日本人民が都會に住するの田舎に住するとの差別なく一般に文明利器の恩澤に浴するもの
は郵便制度より大なるはなかる可し維新前までは片田舎に在て百里二百里隔りたる地方に
通信するは容易の業にあらざりしも今は一錢の葉書二錢の郵便切手にて日本全國到る處、
音信の通ぜざるはなし誠に便利の世の中と爲りたれども我輩の所見を以てすれば尚ほ之に
滿足すること能はざるものなり今の郵便條例に據れば書状は總て重量毎二匁に二錢とあり
て之が爲めに書状を認むる者は先づ二匁以下即ち二錢切手にて用便せんことを願ひ文言は
成るべく細字にて認め封皮は成るべく薄きものを用ふるより間々封皮に破損を生ずる等の
ことありて發信人も受信人も又郵便物を取扱ふ役人も共に迷惑するは毎度の事なり左れば
差當り其毎二匁に二錢とあるを毎四匁に二錢と改正するは適當の處置にして斯くなるとき
には發信人は是迄の如く心配して文字を細書するの面倒もなく又封皮の薄きものを用ひ破
損を招くの患もなく取扱上にも甚だ便利を感ずるに至る可し或は斯く改正するときは郵便
の収入を減じて収支相償はざる可しとの掛念もあらんかなれども决して然らず抑も現行の
條例は郵便物の數も今日の如く多からず殊に運輸交通の便甚だ乏しかりしが故に遞送の經
費は案外に不廉なりしかども其後社會一般の進歩に隨ひ郵便物の數は次第に增加し來る其
一方に鐵道の敷設道路の開鑿等交通の便利を致したること一方ならず從來人足に擔せたる
郵便物は馬車便にて運送し馬車便にて運送したるものは更らに鐵道便に由る等費用と時間
とを省きたるは非常にして條例制定の當時に比すれば今は經費も時間も殆んど半減を見る
に至れり當局者が二十九年度の豫算中に説明したる郵便物と經費との割合を示さんに
郵便物數に對する經費の割合
年次 郵便物數 經 費 郵便物一箇に對する經費の割合
箇 圓 錢
十九年度 一二六、四九七、七六〇 一、六八八、七三三 一、三三五
二十年度 一四四、三七九、五八六 一、七四一、七九一 一、二〇六
廿一年度 一六五、七九七、二一八 一、七一六、二六三 一、〇三五
廿二年度 一九四、二二〇、三八八 一、九九三、六六二 一、〇二六
廿三年度 二二五、七二六、六九六 二、〇三〇、二五五 〇、八九九
廿四年度 二五〇、七四三、九一五 二、二五七、七九五 〇、九〇〇
廿五年度 二七九、七七三、三七八 二、四八七、九三三 〇、八八九
廿六年度 三二三、〇五四、五八九 二、七八四、七九六 〇、八六二
廿七年度 三九五、七九九、五四七 二、八七六、四四一 〇、七二七
廿八年度 四四二、〇四八、二五六 三、二〇一、二六五 〇、七二四
廿九年度 四九七、九九九、一九六 三、六二二、二三六 〇、七二七
此表に依れば郵便物一箇に對する經費の割合は十九年度に一錢三厘三五なりしものが次第
に減じて二十九年度に一錢三厘三五なりしものが次第に減じて二十九年度には七厘二七と
なれり條例の制定は明治十五年にして十九年より更に四年以前のことなりしなれば當初に
於ては其經費の如きも必ず今日に倍したることならん斯く十五年と今日とは經費も半減と
なり居る次第のみか殊に二匁の重量を四匁と改正の爲めに是迄一人にて擔ぎたる郵便物が
急に二人を要するが如き相違なきは勿論又一方に郵税の減額は一般に郵便物の增加を促す
原因たること必然なれば重量の改正は結局収入を增して利益を見るに至ること疑ふ可らず
更に西洋諸國の郵便税率は如何と云ふに大略左の如し
英國外九ヶ國信書郵税比較表
七匁五四七以下 三錢七厘四毛
英 國 七匁五四七以上十五匁〇九四以下 五錢六厘一毛
以上は十五匁〇九四毎に 一錢八厘七毛
米 國 七匁五四七毎に 三錢八厘二毛
佛 國 三匁九九三以下 五錢五厘八毛
三匁九九三以上三匁九九三毎に 五錢五厘八毛
獨 逸 三匁九九三以下 四錢五厘九毛
三匁九九三以上六十六匁五五〇迄 九錢一厘八毛
伊太利 三匁九九三毎に 七錢四厘四毛
西班牙 三匁九九三毎に 五錢五厘八毛
葡萄牙 三匁九九三毎に 六錢九厘四毛
瑞 西 六十六匁五五迄 三錢七厘二毛
白耳義 三匁九九三毎に 三錢七厘二毛
丁 抹 六匁六五迄 四錢一厘五毛
日 本 二匁以下 二錢
以上二匁毎に 二錢
備考 郵税は總て時價に依りて換算せり
我國の郵税を右の各國に對比すれば割合に高きを見る可し即ち英國及び米國の七匁五
四七以下(一オンス以下)は日本の郵税にすれば八錢に相當する割合なるに實際英は三
錢七厘四毛米は三錢八厘二毛にして日本の半額以下に相當し又瑞西の六十六匁五五迄
(二百五十グラム迄)三錢七厘二毛丁抹の六匁六五迄(五十クビント迄)四錢一厘五毛
白耳義の三匁九九三毎に(十五グラム毎に)三錢七厘二毛に對比するも日本信書の郵税
は割合に高き事實を發見す可し以上述ぶる如く内地に於て郵便物一箇に對する經費は
條例制定の當時に比して半減の實を呈し又外國の郵税に比較すれば前表の通りの次第
なりとすれば現行の條例中信書に對する郵税毎二匁に二錢とあるを毎四匁に二錢と改
正して一般人民に一層の便利を與へ兼て郵便事業の發達を促すは目下に必要の處置と
して我輩の實行を望む所なり