「黨員の不平聞くに足らず」
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時事新報に掲載された「黨員の不平聞くに足らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
黨員の不平聞くに足らず
板垣伯が自由黨の總理より内務大臣の職に就きたるは政府と結托云々の實を表する爲めな
りしに近來伯の擧動を見れば其椅子に安んじて得意の色あるが如し斯くては結托の實を失
ひ黨の面目にも關する次第なればとて黨員等は伯に向て何か勸告する所ある可しとは昨今
世上の風説に聞く所なれども伯が入閣の後擧動の云々は最初より分り切たる成行にして更
らに怪しむに足らず黨員の輩が今更ら之に驚て勸告など騒立つるこそ却て奇怪なれ我輩の
笑止に堪へざる所なり抑も在野の反對黨として政府に對する注文は必ず大ならざるを得ず
其注文は到底實際に行はる可らざるのみか若しも眞實行はれたらんには夫れこそ大變なれ
ども一般の凡俗は實行の難きを知らずして只その言論の壯快を喜び雷同附會してますます
反對の勢力を熾ならしむる其勢力を利用して政府に當り自家の目的を達するの方便に供す
るは政治家の常なり自由黨が平素自から唱へたる政論は聞て甚だ壯快にして政府反對には
妙なれども其實行の期す可らざるは明白にして具眼者の夙に疑はざる所なり唯黨員中の二
三者が運動の方便として自から知りつゝ之を主張して以て世間の人氣を博したるのみ自由
黨員は全國を通じて何萬人の多きを計ふ可し其何萬人を平均すれば智愚の程度も自から低
からざるを得ず社會普通の事實にして是等多數の黨員が黨の主義政論を眞面目に受けて地
方を説廻りますます其勢力を張りて適ま適ま他の利用する所と爲りたるこそ自然の勢なれ
犬骨折て鷹の功名は犬の爲めに氣の毒なるが如くなれども此種の事は單に政黨の事のみな
らず今更ら不平を唱ふるも無益なれば唯自から知見の足らざるを觀念するの外なかる可き
のみ例へば王政維新の時に西國中國邊の壯士輩が一二強藩人の所論に雷同して關東征伐と
唱へ錦切れなどを肩に着けて自から官軍の先鋒を勤め伏見鳥羽の騒動を始めとし越後會津
の邊までも掛けて幾回の戰爭に功名手抦を成したるものは其數决して少なからず實際、與
て力ありしに相違なけれども扨事の平定後に至り政府に入りて地位を占めたるものは首唱
の人々及び其身邊に附隨したる輩のみにして彼の錦切れの連中は之に與からず定めて失望
したることならん定めて不平も多かりしならんなれども即是れ犬と鷹との勢にして智愚の
幸不幸は如何ともす可らざるものなり自由黨は年來逆境に處して苦しみたること少なから
ず其苦界の中にも所論を屈せずして政府に反對し或は獄に捕はれ刑に就きたるものさへも
ありて漸く今日の境界に達し始めて宿志を遂ぐるの塲合に至り扨實際に地位を得たるもの
は總理の外、二三の重立たるものゝみか平生の所論さへも實行を見るもの稀れにして一般
の黨員は恰も賣られたるの姿なりと云ふ隨分堪へ難きことならんなれども實際は賣られた
るに非ず犬の智惠は鷹に及ばず他の功名の爲めに無駄骨折したるものとして自から諦らむ
るの外なかる可し或は今の政府に政黨内閣の實ありて板垣入閣の爲めに全政府を覆へして
〓〓の〓〓を更迭せしむることを得たらんには黨員中自から地位に有付くものも多からん
なれども日本の政界は未だ斯る時機に達せず維新の元老は依然政府の要地を占めて容易に
動かず伯は單に内務の一席を得たるのみにして隨て其勢力の及ぶ所も亦一省の中に止まる
のみなれば假令ひ多數の黨員を滿足せしめんとするも實際に得べからず僅に二三の重立た
る者に地位を授けたるのみ特に怪しむに足らざることなり思ふに斯る成行は獨り自由黨の
みならず今の民間にて何黨何派と唱へ極力政府に反對して大言壯語を放つものも一旦志を
得るの塲合には何れも同樣にして多數の黨員は恰も外に見捨てられて失望の境遇を見るこ
と疑ふ可らず愚者の智者に役せらるゝは人間社會の常にして本來の約束如何ともす可らざ
るものなれば自由黨員たるものも今更ら勸告云云など野暮の擧動を止めにし自から智惠の
足らざるを悟りて自から慰むるの外なかる可し