「臺灣敎育の方針」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「臺灣敎育の方針」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣敎育の方針

左の一篇は今回某氏が國語傳習所の主任として臺灣に赴く其送別の席にて述べたる意見の

大要なり                               碩果生

臺灣人の敎育に就ては自から專門家の考もあらんなれども試に我輩の所見を述べて參考に

供せんに先づ文字を敎ふるに或は事の便宜の爲め四書五經等在來慣用の漢書に據り日本流

の音訓を授く可しとの説もあるよしなれども斷じて不可なり全く便宜の爲めとは云へ彼等

が平生より尊信する經書などを用ふるときは適ま適ま其頑冥心を增長せしむるの媒介たる

に過ぎざれば日本語を授くるには最初より日本の語學書を用ひて正則に學ばしめざる可ら

ず國語學校設立の趣意も盖し此邊に在ることならん本來を云へば單に學校の敎科書のみな

らず政府より發する法令文の如きも一切日本文を用ゐて苟も國語に通ぜざるときは日常の

生活にも差支へて自から學ぶの必要を感ぜしむるこそ彼等を誘導するの一手段なる可しと

思へども是れは政治上の事なれば別として兎に角に經書に據て語學を敎ふる如き姑息法は

斷然思ひ止まらざる可らず右は單に語學敎授の方法談に過ぎずとして扨その敎育の方針は

如何す可きやと云ふに我輩聊か説なきに非ず臺灣人の敎育は本來彼等を日本化せしむるの

趣意なるに付ては或は敎育家の中には我帝室の難有きことより歴史上の忠臣義士もしくは

山川風景の秀美にまで説を及ぼして所謂忠君愛國の風化を被らしめんなど期するものもあ

らんなれども是れは大なる間違ひにして實際に無益の勞と云はざるを得ず或は全く無智蒙

昧東西を辨知せざる野蠻の民ならんには宗敎家の布敎同樣、只管神佛の難有さを説法して

感化の効能もある可しと雖も臺灣人は無敎育の蠻民に非ず數百千年來儒敎國の人民として

其敎に養はれ漢字を知り漢書を讀み儒流の學問道德を講ずるの一點に於ては日本人に比し

て寧ろ先輩と云はざるを得ず即ち彼等の腦中には世界の中に支那より大なる國なく儒敎よ

り尊き敎なしと信ずるものにして日本の如き心の底より夷狄野蠻として輕蔑することなれ

ば斯る人民に向て忠君愛國の日本主義を説きたりとて何等の效能ある可きや否な效能なき

のみならずますます輕蔑の心を增長せしむるの結果なきを得ず例へば日本の帝室は萬世一

系なりと云へども我孔夫氏の子孫は今に現存して祀を絶ず日本に正成の如き忠臣ありと云

へば支那には更らに顏眞卿、岳飛の類あり日本の風景美なりと云ふと雖も巴蜀の山川、泰

山長江の壯觀には及ぶ可くも非ず况んや土地の廣狹、人口の多少に於てをや迚も比較の限

りに非ずとて日本人が彼等を感服せしめて其心を動かさんとする所のものは寧ろ他の輕蔑

の種を蒔くに過ぎざるのみ彼等の自尊自大は到底、理を以て諭す可きに非ざれば之を導く

には先づ形の大小を眼前に示して其妄想を破り次第に無形の事に及ぶの外ある可らず即ち

彼等は支那を以て世界第一の大國と心得ることなれども世界とは云々のものにて東西の半

球に分れ其海陸の圓は甚だ大にして支那の如きは其一小部分に過ぎずとの事を〓の上に敎

へて自から小なるを悟らしむる其趣〓〓先づ世界の地理より始め或は彼等に示す地圖には

〓〓〓に支那の版圖を小にすうが如きも一種の方便として〓〓る可らず其他宇宙萬象の廣

大無邊にして然かも一〓の〓〓を〓し彼の陰陽五行の説の無稽杜撰笑ふに堪へたる事實を

有形の〓〓より敎へて漸く世界の大にして自から小なるを悟りたる上にて次第に無形の理

に入り英國の世界に雄視する所以、日本の支那より強気所以など強弱の性質に説き及ぼす

こそ事の順序なれども差當りの必要は先づ形の大小を示して彼等の妄想を破ること第一な

り既に我國人の如きも開國の當時までは自から神國と稱し外國人を夷狄視して容易に悟ら

ざりしことなれども一旦外國の事物に接し世界の有樣を知るに及び自から知見の足らざる

を悔いて忽ち開進の思想に轉じたることなり臺灣人を導くにも先づ世界の大なる有樣を知

らしむること肝要にして最初の手段は兎に角に支那流の妄想を破るを第一とし精神上に日

本化せしむるが如きは姑く第二段に置かざる可らず(政治上の手段は固より別問題として)

既に自尊自大の妄想さへ一掃するときは心の方向を左右すること甚だ容易なればなり若し

も然らず彼等が未だ悟らずして滿腦支那崇拜の妄想を以て充せるのみなる其處を傍より無

理に日本主義を注入せんとするときは表面には餘儀なく空念佛を唱ふれども内心は却て反

動を催して容易に移らざるのみか日本の事を知れば知るほどますます國の小なるを感じて

ますます輕蔑の念を增長せしむるの結果なきを得ず事の順序を誤るものにして此點は敎育

上に最も注意し最も考ふ可き所なり聊か參考の爲めに一言するのみ