「芝罘埋立地事件」
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時事新報に掲載された「芝罘埋立地事件」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
芝罘埋立地事件
芝罘海岸埋立地の拂受に付き英露兩國の商人が競爭の末、遂に露商の手に落ちたるの事實
は既に世間に傳ふる所なるが去る十三日の紙上に記したる芝罘通信に據れば右拂受に就て
は露人の運動頗る機敏にして何時の間にか露清兩國の間に確なる條約さへ取結び英人は恰
も出し抜かれたる姿にて憤激一方ならず云々とあり實際の事情果して通信に云ふ如くなる
や否や知る可らず支那に關する事抦は毎度風説に誤らるゝこと少なからざる常にして條約
云々の如き未だ遽に信ず可らずと雖も露國が近來南方に力を傾けて進歩の急なるは着々事
實に證す可きものあり其目的の所在より察すれば芝罘などの事は着手の端緒に過ぎずして
更らに世界の耳目を聳動せしむる大運動を見ることもある可し早晩免れざる成行にして毫
も怪しむに足らざるなり世人或は今度の事を見て之に驚き斯くては東洋の治亂如何とで未
來を想像して心配する者もあらんかなれども我輩は自から所見を殊にし露國の擧動の活溌
にして急なるは是れぞ即ち東洋の治亂を决するの機會にしていよいよ急なればいよいよ其
機會を早くし諸強國の自から認る利害如何に拘はらず各自の實力一偏以て進む者は進み退
く者は退き遂に歸する所に歸して大勢の定まるところある可しとして却て之を喜ぶものな
り文明世界の國交際は甚だ混雜して然かも極めて微妙なり露勢駸々としてますます進むと
きは必ず他の利害と衝突せざるを得ず否な今日と雖も暗に衝突の姿を成して各國嫉視の内
情は外より見て尚ほ察す可きものあり即ち近來外交の情態何となく穩かならずして某國の
船を以て陸兵を送りたりと云へば某國の軍艦は何々嶋に集りたりと云ふが如く密雲將に雨
らんとして未だ雨らず晴に非ず雨に非ず治に非ず亂に非ず天氣鬱々人心恟々として際限な
き次第なれば此時に當りて疾雷一發由て以て陰晴を决するが如きは却て治安の法なる可し
左れば今度の一件の如き果して通信に報ずる通りの次第ならんには其事の利害に關係ある
他國の人々が傍若無人の擧動として之を憤ふるも無理ならざれども露國人が斷然决斷した
るを見れば何か自から見る所あることならん他國人が内々不平を唱へながらも其儘に付し
去りて成行に一任するときは目下の天氣も先づ無事に収まり東洋の天地は青天白日この上
もなき仕合せにして唯露人が獨り目的を達したるを認む可きのみ或は然らず他國人が其擧
動を看過せずして大に之を爭ひ遂に破裂することもあらんか一時の騒動は不幸に似たれど
も外交上の陰晴を其一擧に决して鬱々の不愉快を免るゝことを得べし何れにしても我輩の
速に見んことを望む所なり或は芝罘云々の事實は風説の誤にして事の眞相を得たるものに
非ざるやも知る可らずと雖も我輩は更らに是種の出來事を生じて外交上の機會を促し事の
决着を早めて動静いづれにか一决せんことを望み竊に之を待つものなり