「奬勵法は奬勵法たる可し」
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本文
奬勵法は奬勵法たる可し
航海奬勵法は去る三月に發布して未だ實施に至らざれども我國の航海業は早く既に勃興の
勢を呈して東洋汽船會社大東汽船會社の發起あり何れも外國航海を企る中にも日本郵船會
社の如きは過日の總會に於て新に船舶を造りて米國の航路をも開くの議を决したり此有樣
を以てすれば實際に奬勵の目的を達すること疑なかる可し我輩の大に祝せんと欲する所な
るに然るに此頃聞く所に據れば〓〓議决の草案に〓して當局者の心算に奬勵の金額は凡そ
百漫圓内外に過ぎざる可しとの豫定なりしに〓〓〓〓の〓〓にして心算全く〓〓し目下の
有樣より算すれば一千萬圓以上にも達す可しとて當局者も〓〓り大に〓〓し斯る大金の支
出は政府の財政に於て許す可らずなればとて既に發布したる法律を未だ行はざるに廢止す
るは固より難しとて是に於てか樣々に苦心の末、一〓の〓策を〓じ法文の中に奬勵金を受
く可き船舶は逓信大臣の定むる造船規定に合格したるものに限るの個條あるを幸に其の規
定を面倒にして成る可く〓〓のものを少なくせんと種々の制限を工夫し〓〓〓〓〓〓〓は
二重〓〓〓に〓されば合〓〓〓〓との一〓〓〓くるの説〓〓〓〓〓一〓〓嶋の造船は〓〓
〓〓〓〓〓〓と算〓の如〓〓大〓みの方式を用ふれども普〓の〓〓には未だ多きを見ず我
國などにては殆んど絶無にして郵船會社の持船幾十隻の中、僅に一の土佐丸あるのみ左れ
ば此説にして果して眞實ならんには噸數速力の點は法文に差支なき船舶も此規定の爲めに
全く排斥せられて實際に奬勵金を受くるものは一隻もなきに至る可し本來外航の奬勵を目
的としたる其法の實施に斯る始末とは恰も富豪の家にて貧民に施米せんと吹聽しながら其
施に預らんとする者あれば禮服着用錦の袋、持參に非ざれば與へずとて刎付くるものに異
ならず人を愚にするにも念の入りたる仕方なりと云ふ可し俗謠に伊勢は津で持つ津は伊勢
で持つと云ふことあり日本は海國なり否な船國なり即ち船で持つ國にして航海の必要は今
更ら云ふまでもなし其業の保護奬勵は多年來識者の主張したる所にして時運到來漸くの事
の發表を見たるに其效果して空しからず續々外航の計畫を催ほして日本人が大に爲すこと
あるの實を表し其影響は外國人までも動かして早く既に前途の多望を卜し得たり郵船會社
が孟買の航路を開きたる當時に於ては彼の彼阿會社の如きは之を蔑視して日本人などが自
國の船にて外航を企つるとは火に入る夏の蟲に異ならず忽ち自滅せんのみとて毫も意に介
せず實際内國人と雖も竊に其成行を疑ふたる程の次第なりしに近頃に至りては恰も彼より
和を請ふて一切我が言ふまゝに隨ひ又歐洲の航路に就ても僅に土佐丸の發航を見るや彼の
諸會社は大に歡待して同盟に加入を勸め又今度米國航路開始の計畫あるを聞けば彼の大北
鐵道會社の如きは頻りに聯絡の事を請求して止まず相談の結果は充分我に便利なる約束を
見るに至る可しと云ふが如き外國人の擧動遽に一變して大に我を重んずるの風を催ほした
るは彼等の見る所は單に郵船會社と名くる一會社のみに非ず日本にては航海奬勵法を行ひ
國力を以て飽までも航海業を保護するの决心なるに就ては今後の發達期して待つ可し之に
對して競爭などは不利益のみか今の中に好意を表して同盟聯絡を結ぶこそ得策なる可しと
て只管奬勵法に重きを置て我に對するものに外ならず左れば我奬勵法は尚ほ未だ實施に至
らざるも目的を達するの見込は充分にして此勢にて事を繼續するときは日本の航海業はま
すます發達して自國の船を以て世界に橫行するの實を見るも難きに非ず商賣貿易の爲めは
申す迄もなく一旦有事の塲合にも非常の利益にして國民一般に大に祝賀せんとする所なる
に然るに當局者は自から其法案を發しながら自家の心算の相違に狼狽して國家の大利害を
忘れ區々たる手段を施して法の精神を抹殺し去らんとす何と評す可き辭もなき次第にして
我輩は國民の熱心氣力に比較して只その小膽無識に驚くの外なきのみ