「朝鮮の前途」
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時事新報に掲載された「朝鮮の前途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
凡そ天然の約束は素養なき處に異數の物の生ずるを許さず例へば松林に竹を生せず竹林に松柏の繁茂せざるが如く歐羅巴にして初めてニユートンを出したれども阿非利加には之を生ぜざるが如し左れば或社會に一傑物を出したるときは則ち其社會全躰の風潮自から傑物を出す可き素養あるを示すものにして社會の風潮に反したる異種無〓のものの逸出は道理上有り得べからざるの事なりと謂ふ可し然るに仁義道徳地を拂ふて人心腐敗の極に達したるが如く世間より想像せられたる彼の朝鮮國に故金玉均の久しく他國に流離して孝養の途絶えたる其〓〓に仕へて幾多の辛酸を事ともせず十年一日の如く薪水の勞を執りたる忠僕を生じ又金氏と同時に難を米國に避けたる徐光範の妻女を養はんが爲め自らの〓〓をも忍んで衣食を給し嘗て忠勤を怠らざりし〓〓を生じたるは一見頗る奇なるが如くなれども朝鮮に〓も忠義の二〓を〓したるこそ取りも直さず同國の下〓社會に〓〓〓〓を重んずる美風の〓〓を示したるものにして一般の〓心は决して世人の想像せる如く腐敗し居らざるの確證なれ嘗て同國政府に聘せられて財政整理の局に當りたる或經濟家の談に據るに同國の人民は率直無私、納税の義務を盡すこと至て正實にして期日を違へず成規を踏み敢て或は怠るものなきの有樣なれども獨り其間に立ちて不正を働くものは人民の上に位したる官吏にして所謂士太夫の流なりと云ふ彼此の事實を思合はすれば朝鮮國の下層社會には數百年來嘗て濁らざる美風清潮の源流混混として盡きざるものあり一般の百姓は則ち徳義の民たるに反して不徳不義、〓黠詐僞、殘忍酷薄、あらゆる害惡腐敗の根本は人民以上の士流に在て存するを知るに足る可し即ち國弊の所在は下、人民にあらずして上、士太夫にあるが故に其弊のある所に隨て之が救濟の法を講ぜば朝鮮の立國未だ俄に絶望するに及ばず否な、今日國勢の萎微不振は是等士流の害惡無道に壓倒せられて國民固有の美徳を發揚する能はざるの致す所なれば漸次士流の徒を淘汰改善して所謂腐敗の根本を滅絶するときは本來立國の基礎として立派なる人民を有する我隣邦の前途は左ながら妖霧を拂ふて朝暾の出現するが如くなる可しと我輩は遙に其前途の好望を信じて尚ほ落膽せざるものなり
日 日 新 聞
の論はますます辭の末に趨りてますます論の本旨に遼かりながら獨り自から喋喋して往往取留めなき言語の多きは少しく怪しむ可きに似たれども我輩は尚ほ幾分の見込あるものと認め聊か取合ひ居たりしに一昨日に至りてはいよいよ不穩の相を呈し自から喪神云云の字を掲げ時事新報が前日來明言して彼の記者の耳にも慥に聞取り得たる可しと思はるる今の國力の有樣を以て歳入の増加は敢て難事に非ざれば更らに税源を求めて奬勵の目的を達す可しとの説に對して突然左の如く放言せり
憲法政治の今日に當り當路者豫算の足らざるを見て直に租税を徴收し支出の目的を達するが如きことを許さず租税を課するは法律を以てせざるべからず歳出を爲すは豫算に由らざるべからざるは帝國憲法の明文に赫赫たり帝國の國力今日に百倍するに至るも此の如き專横を爲すを許さず時事子の如きは當路者の憲法を紛更するを慫■(「臾」+こころ)するものなり
歳入増加が憲法紛更とは日日記者も日日にますます切迫して餘程、變になりたるものの如し恰も他の奔るを追て共に奔るは世間に對して氣恥かしき限りのみか讀者の迷惑この上もなき次第にこそあれば斯る本人を相手に本氣の議論は最早や止めにし可し