「臺灣の航海」

last updated: 2021-08-22

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時事新報に掲載された「臺灣の航海」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

内地と臺灣との關係に付き目下の急務は兩間の航海を頻繁にして交通往復の便利を謀るより先なるはなし今日の實際に其間の航海は大阪商船會社の船が臺灣總督府より若干の助成金を得て毎月三回神戸を發し門司長崎鹿兒嶋大嶋沖繩八重山等を經て基隆に往復すると其他臨時汽船の神戸基隆間を往來するとに過ぎず而して是等の臨時汽船は船體多くは不完全を免れざる其上に臨時に航行するものなれば乘客の不便少なからず尚ほ此外に宇品より政府御用船の時々臺灣に往來するものあれども是れは役人又は政府の荷物のみを運送するものなれば一般人民には何の便宜もなし左れば内國の各地より臺灣に赴かんとするものは先づ大阪に赴き商船會社の定期船に乘組むか但しは船體の不完全を忍んで臨時船を待合せ之に便乘するの外なく誠に不便極る次第なり目下内地人の彼地に渡航して商賣その他に從事するもの少なからず商人の如き何分にも内地との交通不便にして且つ運賃の高きが爲めに自から利益の少なきに反し支那の商人等は一衣帶水を隔つる廈門より商品を輸入して割合に安く賣捌くが故に動もすれば競爭に壓倒さるゝの掛念を免れず航海の頻繁ならんことを切望して止まずと云ふ然かのみならず嶋地の拓殖には今後續々人民の移住を奬勵す可きは勿論、實際にも自から奮て渡航を企つるもの甚だ多きことなるに斯る有

樣にては目下の必要は云ふまでもなく如何にして拓殖の目的を達す可きや甚だ覺束なき次第なれば今日の急は先づ東京橫濱等最も渡航人の多き地方より臺灣への定期航海を開くこと肝要なり或は航海を開くも往路には相應の船客荷物に乏しからずして相應の利益あるに反し歸途には積返る可きもの少なくして收支相償はざる可しとの掛念もあらんなれども左なきだに彼地への渡航者は漸次に增加して何れも航海の不便に苦しむの今日に當り一旦その便利を得るときは船客荷物等一層の增加を見るは必然にして隨て收入も增加す可し實際に損失の患はなからんなれども嶋地への往復のみにて收支いよいよ相償はずとならば臺灣行の序を以て上海香港廈門等に寄港するときは相應の積荷を得るは難からず然かも歸路の航海は奬勵法の規定に據りて奬勵金を得るの便宜あり航業者の考ふ可き所なり然りと雖も臺灣の交通往復は目下の急にして單に營業者の發起を待つ可きに非ずいよいよ新版圖の實を收めんとするには定期航海を頻繁にするは勿論、運賃の如きも勉めて低廉にして渡航者の便を謀り商賣起業を奬勵すること最も肝要なれば政府は他の自發を待たず國庫より相當の補助金を支出して其事を成さしめざる可らず總督府の助成金の如き僅々の額にして迚も目的を達するに足らず則ち目下往復の甚だ不便なる所以にして此儘に付するときは拓殖の事は到底擧らざるのみか恰も海外の孤嶋に交通を絶ちて實際に抛擲するものに異ならず嶋地への海底電信もたひたひ工事に着手して遠からず成功することならんなれども假令ひ電信の開通を見るも船舶の往復甚だ少れにして不便極るときは實際に如何なる效能もある可らず我輩は政府が補助金を支出して是非とも航海の便利を開かしめんことを勸告するものなり