「官設鐵道の賣却」
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時事新報に掲載された「官設鐵道の賣却」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
我邦の鐵道には官設民設の二論ありて久しき以前より互に論爭したれども大勢は遂に民論
に傾きたるものゝ如し民設鐵道の實際を見れば工事の設計と云ひ營業の管理法と云ひ萬事
萬端利uを專一とするの常なるが故に自から細々の欠點を免れず從來鐵道に就ての弊害は
大抵民設に多きの事實を思へば民論も能く能く注意せざれば一概に賛成し難しと雖も又官
設鐵道は如何にと云ふに政府の事業は本來利uの目的に非ざれば乘客便利の注意は勿論荷
物の積卸等に至るまで改良進歩の念に乏しく發車の度數其他の用意の如き數年來殆んど變
化なしと云ふも可なり其不便は種々なる中にも殊に東海道鐵道の通路なる岐阜、大垣邊は
有名の水地にて年々河水の氾濫を免かれざる其度ごとに線路は全く水に侵されて一二週間
の不通を見るが如き最も甚だしきものと云ふ可し維新前草鞋脚絆にて東海道を旅行したる
當時ならんには川止めに遭ひて數日間途中に滯留するなどは毎度のことなれども一瞬時間
を爭ふ今の世の中に一週間も二週間も不通とありては旅客の迷惑は云ふまでもなく商賣上
の不利これより大なるはなし或は大地震又は大洪水等數十年の間に一回あるかなきかの天
災ならんには格別なれども今度の洪水の如きは珍らしからぬ沙汰にて殆んど毎年の如くに
來るものなれば斯〓〓本の都度に汽車の不通を〓ず如き始末にては今日〓〓の社會に到底
堪へ得べきに非ず政府の當局者は本事利uの考に疎なれば其不通の爲めに一般人民に如何
〓る損害を與へ如何なる影響を及ぼす可きやの點に〓〓〓甚だ冷淡にして輕々に看過する
ことなる〓なれ〓〓〓に一例を擧げて問はんに言不祥に似たれども〓〓〓〓〓と〓端を〓
き九州〓〓の邊に敵兵の〓〓を見て〓〓もしくは仙臺より兵隊を急送するの必〓を告げて
〓〓〓の最中突然今回の如き洪水ありて汽〓不通となることもありとせば如何す可きや政
府如何に冷淡なるも天災に托して其儘差し置くことは出來ざる可し即日即刻より工事に着
手して開通を求むることならん是等の塲合を思へば政府は今日に於て豫め十分なる工事を
施し斯る洪水位にては容易に不通とならざる樣注意して平時は勿論如何なる塲合にも狼狽
せざるの覺悟なかる可らず然ると雖も政府には自から政府の都合あり會計法など云ふ如き
究窟なる法律の爲めに十分の運動に難しとならば寧ろ大に决斷して斷然民間に賣渡す可し
其賣渡に就ては一切の官設鐵道を一纏めにして扨發車は一日何回以上とし又河海沿岸等の
線路は大に堅固にして少なくも今回の洪水位にて不通とならざる樣工事を施す可し等巖重
なる條件を附す可きこと勿論なれば今日の如く政府に所有して十分の修繕も出來ず又營業
上萬般の改良進歩も擧らずして恰も寶の持腐れと爲すに比して經濟上は勿論國防上の利u
も同日の談に非ざる可し抑も政府が最初鐵道を敷設したる目的はコ川三百年來の舊夢を破
て西洋の文明を國内に輸入するには先づ人民の眼前に新奇の實物を示して其便利に感服せ
しめ漸次に誘導するより外なしとて蒸汽船を買入れて帆前船と競爭せしめ電信を架設して
早飛脚の比にあらざるを示し更に東京濱間に鐵道を敷設して早駕籠の不便なるを思はし
め次で京都大阪間、大阪~戸間、更らに進んで東海道にも敷設することゝなりたる次第な
り斯く政府が實物を示して人民を誘導したるの結果は一般に文明の利器を認めて今日に於
ては四方八方より私設鐵道の敷設を出願し殊に關八州の野の如きは私設の計畫計ふるに遑
あらず蛛網も啻ならざるの有樣を呈したる程なれば政府の目的は十分立派に達したるもの
と云ふ可し左れば政府は目的を達したるの今日に當り尚ほ鐵道を所有しながら利uを収め
んとするにも非ず又公共の便利を計る爲めに改良を行ふにも非ず十年一日の如き有樣にて
打棄て置かんとするは甚だ解す可らざる所なれば斷然志を决して現在の官設鐵道を悉く賣
却するこそ國家の利uなる可し政府は既に當初の目的を達したる其上工事に費したる費用
をも回収することなれば聊かも遺憾ある可らず我輩が官設鐵道の賣却を主張する所以なり