「黨閥情實の弊を禦ぐ可し」
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時事新報に掲載された「黨閥情實の弊を禦ぐ可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
黨閥情實の弊を禦ぐ可し
凡そ政府の官吏は適任の才を擧げて得意の技倆を逞うせしむること肝要にして或は政治の要は此一點に存すと云ふも差支なきが如し然るに今日の實際は往往然らず人物の取捨多くは俗に云ふ義理人情に因て决するの有樣にして必ずしも才力の如何を問ふに遑なきのみならず甚しきは特に人の爲めに官を與へ公を籍りて私を成すの形跡を見る可し之を名けて政界の情實と云ふ抑も今の政府に此情弊を生じたる次第を尋ぬるに維新の元勳輩が政府を組織したる當時、舊同藩の人物を擧げて功勞に酬ゆるに官職を以てしたるより苟も多少の經歴あり又は當局者に關係あるものは續續政府に入て地位を占め二流三流相踵で遂に動かす可らざるの勢を成したるものなり而して其所謂功勞とは必ずしも新政府の事業に直接の關係なく實は當時銘銘が其藩に盡したる忠勤にして云はば一種の私功なるに然るに事成るの後に至りて此私の功勞に酬ゆるに國家の官職を以てす謂れなきの甚だしきなれども如何せん事實斯くの如くにして爾來因襲の久しきますます藩閥情實の纏綿を致してますます政治上の累を成し立憲政の今日に至りても内部の折合甚だ六ケしく一方には時勢の必要に迫られ一方には適任の人物あるを認めながら尚ほ情實を云云して局に當らしむるを得ず爲めに内閣の破綻を引起すが如き如何にも見苦しき次第なりと云ふの外なし然りと雖も以上は從前の別問題として扨又つらつら政界の將來を案ずるに政府と議會との關係ますます切なるに從ひ政府が政黨の力に頼らざる可らざるは明明白白の成行にして現に前内閣の如き自由黨と提携の實を成したる次第なれば今後政黨の勢力に消長ある毎に甲黨乙派互に政府と提携して其都度首領を政府に立たしむるの事實を見るは疑を容る可らず然るに今の政黨の實際を如何と云ふに主義綱領と稱するものは簡單至極内情は極めて粗雜にして秩序の統一なく其間自から種種の關係事情を存する其有樣は政府内の情實に比して格別の相違もなきが如し左れば其首領が一旦政府に入るに當り重なる黨員を引入れて事を助けしむるは實際の必要なれども或は種種の關係よりして人物の如何に拘はらず單に平昔の功勞に酬ゆるが爲め官職を與ふることもあらば多々ますます際限なくして結局多數の黨員を引入るるの止むを得ざるに至る可し果して然らば情實政府の弊漸く■（にすい＋「咸」）ぜんとするに際し更らに又一種の情實を生ずるものにして我輩の飽までも拒絶する處なし蓋し政黨の勢力次第に加はるに從ひ政治上の形勢次第に變化するは自然の勢なれども其基礎未だ鞏固ならずして社會の信用も厚からざるに早く既に政黨内閣の形を試みんとして實際に黨閥情實の端を開くが如きは政黨自から毀つものにして將來の發達に非常の妨なきを得ず我輩は今の時節に際して豫め其弊を防ぐの必要を認むるものなり