「臺灣の警察」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「臺灣の警察」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣に於ては土匪の騒動頻々なるが爲めに或は其難治を云ふものあれども元來彼の土匪は

一種の無ョ漢、固より政治上の趣意あるに非ず云はゞ白晝掠奪を逞うせんとする烏合の盗

賊にして其實は嶋治梶X取締の不行屆に乘じ土民を脅迫して勢を張り敢て反抗の姿を成し

ながら兵を以て之に臨むときは忽ち散じて山間に跡を晦まし隱現出歿して物蔭より狙撃を

試みるなど其割合には案外に官兵の被害少なからずと云ふ區々たる鼠賊大兵を以て一擧に

勦滅するは敢て難からずと雖も本來、兵力を用ふるは山野に繁茂したる草木を燒き盡すが

如し一擧の效空しからざるも其勞力は大ならざるを得ざるに反し若しも細々注意して其草

木の種を拾ひ去るか又は之を萌芽の中に刈るときは力を勞せずして繁茂の害を免かる可し

即ち種を拾ひ萌芽を刈るは警察の役目にして彼の土匪の禍を未然に防ぐには何は兎もあれ

警察の仕組を完うして大に力を用ひしむるこそ肝要なるに目下の有樣を如何と云ふに甚だ

不完全にして殆んど實際の用を爲すに足らざるが如し臺灣全嶋の面積は凡そ九州本嶋に等

しきものと見て實際に大差なかる可し而して九州七縣を計へて巡査の數は凡そ三千五百名

なれども臺灣にては全嶋一千餘名に過ぎずと云ふ内地の九州に於て三千五百の巡査を置く

必要あるに其三分の一にも足らざる數を以て新領地の新事務に當らしめ以て遺憾なきを期

せんとす數に於て許さゞる所なり或は臺灣は内地に割合して戸口も稀れなるが故に巡査の

數も又その割合に隨て差支なかる可しなど云はんなれども其戸口の少なきこそ巡査の多き

を要する所以なれ彼の地の有樣を聞くに三里に一村五里に一村と云ふ如く村と村との距離

互に隔るのみならず其間の交通甚だ不便にして殆んど道路と認む可きものなし内地の如き

塲所ならんには近傍の警察署にて互に打合せ互に應援するの便利あれども彼地にては斯る

便利は絶無にして互に孤立して一方面に當ることなれば其人員は寧ろ内地に比して多きを

要せざるを得ず然かのみならず言語は全く不通にして口と耳とは用を爲さず單に目を以て

見るのみなれば實際に千餘の人員は恰も唖聾の人民に接する其不便は想像に餘りある可し

或は嶋民も内地同樣從順の民ならんには幾分か始末に好けれども彼等は中心、我政令を喜

ばざるのみか其中には彼の土匪の類も少なからずして動もすれば他を煽動して反抗を試み

んとし現に彼等が我目前に於て如何なる企を爲しつゝあるも其擧動に由て察するの外なし

とありては千餘名の巡査にて目的を達すること能はざるは勿論なれば少なくとも九州同樣

三千五百若しくは四五千の數として警察の仕組を擴張し禍を未然に防ぐの用意は目下の急

なり實際の事情斯くの如しとあれば何人も異議はある可らず速に實行して差支なき所なれ

ども爰に困難なるは本年度の豫算に警察費の制限ある一事にして手一杯に擴張して現在の

始末なれば此上の擴張は第十議會の議决を經て明年四月に非ざれば一人も揩キこと相成ら

ずとは堪へ難き次第なりと云ふ可し來年まで待つことの出來得るものならんには待つも差

支なしと雖も盗賊は目前に見えて之を捕ふるの方便なく其狂暴を恣にせしめて生命財産の

損害は勿論、動もすれば例の如く大騒動を惹起して日本人は無能力なりなど外國人の爲め

に笑はるゝに至りては如何にしても忍ぶ可らず俗諺に泥坊の所在を認め時として其災に遭

ひながら繩の用意は來年四月を待つと云ふ天下古今の奇談ならずや左れば該嶋の警察擴張

は國家緊急の事件として之に反對する者は一人もある可らず政府の當局者は自から責任を

負ひ何とか工風して費用を支出し速に其急に應ずるの决斷なかる可らず我輩の敢て勸告す

る所なり