「臺灣の港灣砲臺」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「臺灣の港灣砲臺」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣の警察擴張に付き費用支出の止むを得ざる次第は前號に論じたるが尚ほ同嶋の施設上

に急を要するものは港灣及び砲臺の建築なり聞く所に據れば右の兩費目は經費多端の理由

を以て明年度の豫算にも上る能はざるの勢なるが故に多分明後年に非ざれば着手を得ざる

可しと云ふ豫算の調製は政府部内の事にして實際の如何を知らざれども若しも果して事實

ならんには其緩慢に驚かざるを得ず彼の内地にはおひおひ道路も開け鐵道も出來するよし

殊に政府にては少なからざる資金を投じて定期航海を開かしめ内外交通の事は着々歩を進

めつゝあれども嶋地に於ける第一の缺點は港灣の不完全なる一事にして基髓W水等の如き

開港塲の名はあれども水淺く浪荒くして船舶の寄港に便ならず全嶋の沿岸を通じて殆んど

港灣と認む可きものを見ずと云ふ彼の臺灣の貿易が重に對岸の支那地方に吸収せられて輸

出入の商品は一たび其地を經由するの風を成したるも畢竟嶋地に完全なる港灣なきが爲め

にして若しも今日の儘に捨て置くときは全嶋は我版圖に入りながら貿易の權は終始國人に

占められて看す看す利uを失はざるを得ず一日も等閑に付す可らざるものなり或は築港の

計畫に付ては自から調査の必要もあらんなれども既に本年度の豫算には調査費を支出して

夫れ夫れ取調べたることならんなれば其設計は最早や熟したることなる可し交通貿易の爲

め第一の必要として唯速に着手す可きのみ砲臺の建築に至りては港灣に比して更らに緊急

事と認めざるを得ず臺灣の割讓は元來利uの目的に外ならざれども其利uを護るには自か

ら防禦の備なきを得ず或は外國の中には專ら軍事の目的より同嶋に着目したるものさへも

ありし程の次第にして國防の一事は之を度外に置く可らず既に守備隊の設はあれども一旦

事を生じて若しも本國との聯絡を斷の日には絶海の一孤嶋、孤立これを守るには海岸の防

禦こそ唯一の必要なれ砲臺建築の事一日も等閑に附す可らざるなり今の世界の形勢に於て

禍亂の破裂は朝、夕を圖る可らざるの常なるに然るに遠く海中に孤立する領地の保護に海

岸の防禦を缺くとは實に危險至極にして片時も安んず可らざる次第なれば其着手は最も急

にせざる可らず或は目下這般の經費多端にして新領地の港灣砲臺の如き容易ならずなどの

説もあらんなれども斯くの如きは嶋地の利uは勿論その土地をも併せて抛擲す可しと云ふ

に異ならず割讓の本意に反するものにして我輩の斷じて取らざる所なり苟も國家に必要の

事業とあれば費用の出所は决して掛念するに足らず目下の國力に負擔して綽々餘裕あるは

我輩の斷じて保證する所なれば明年度の豫算には是非とも右の費用を支出して速に着手せ

んこと切に希望に堪へざるなり