「漁業改良」

last updated: 2021-12-25

このページについて

時事新報に掲載された「漁業改良」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

我國の海産物は其筋の調査に依れば一個年の産出價額凡そ四千萬圓にして海外に輸出する

もの凡そ五百萬圓に達し今後ますます有望なりと云ふ然るに漁獵法の實際を如何と云ふに

目下商工業が日々發達して進歩の著しきに比し甚だ遲緩の感なきを得ず試に各地方に至て

漁獵の有樣を見るに沿海の漁民は何も祖先傳來の漁獵法に依り片々葉の如き櫓船に乘りて

獵に從事するの常なるが故に其漁り得たる魚類は船中に於て保存し又は仕上を爲すを得ざ

るのみか漁獲の多き折には船中獲物を容るゝの積量なきが爲めに中途にして陸に歸らざる

を得ず又船體狹小にして食糧及び餌等を十分に用意し難ければ長く洋中に在りて獵するを

得ず折角魚類の群集せる塲所を尋ねて漸く見出したる頃は食糧に乏しきを告げ已むを得ず

歸陸を急ぐ等の不便あり土佐沖伊豆沖等にて鰹釣に從事する船は漁船中の大なるものにて

凡そ幅二間長八間船中三十人を容るゝに足るものあれども是れとても甚だ不完全にして釣

りたる鰹を船中にて直に節に造り又は鹽にする等總ての仕上を爲すこと能はず積重ねて持

歸り陸上げしたる後仕上するが故に下積となりたる魚類は往々腐敗を免れず或は是種の漁

船中には船中にて節を作るが爲めに魚肉を煮る者もあれど其煮方甚だ粗末にして良好なる

節は出來ずと云ふ右の如き次第にて我國の漁獵を盛にせんとするには先づ第一に漁船を改

良せざる可らず西洋諸國にて使用する漁船は百噸以上二百噸以下の風帆船にて船内には

種々の室あり生氣を蓄ふるには生洲の如きものあり魚を保存して腐敗等の憂なからしむる

には氷室あり鹽漬となし蓄ふるの鹽、油を製するの室等其他種々の設けありて獵したる魚

類は船中にて仕上げを爲し得るのみならず食糧餌等の用意も充分なれば長く洋中に在るも

差支なく世界の海洋到る處に漁獵に從事するの常なり我邦の漁獵も百噸乃至二百噸の風帆

船を用ふるに至らざる間は到底著るしき改良は覺束なきことなれば第一に獵師をして風帆

船を使用せしむるの工風肝要なれども其使用に就ては免状を有する船長を始め機關手運轉

手等種々の船員の必要あり斯る大仕掛は今の津々浦々の獵師の力にては迚も迚も辨じ難き

處なれば實際に其改良は資本家の奮發を待たざる可らず或は漁獵は一種の冐險事業にして

一朝不幸にして颶風の變に際會するときは船舶と船員とを併せて海中の藻屑と爲さゞるを

得ず劍呑至極なりなど危ぶむものも多けれども今の脆弱なる船舶を以て海上に出づればこ

そ斯る危險もあることなれども苟も改良の風帆船を以て從事するときは極めて安全にして

毫も掛念するに足らず西洋諸國の例に徴して疑ふ可らざる所なり聞く所に據れば水産業に

熱心なる〓澤明清氏は房州館山に於て一の西洋形風帆船を造り此程船卸式を執行したるよ

し我國にて風帆船を用ひ漁獵に從事するは是れが始めてなりと云ふ尚ほ其他にも同樣の計

畫を爲すものありと云へば漁業の果して危險少くして利u多きの實例を世人に示すは敢て

〓るに非ず今や海産物の海外に輸出するもの漸次に〓〓〓〓を呈し漁獵上一大進展を要す

るの時機なれば〓〓〓〓〓の資本家が單に〓工業にのみ眼を注がず水〓〓〓〓〓にも大に

〓〓〓〓〓んことを勸告するものなり