「新内閣の施政方針」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「新内閣の施政方針」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

施政方針の發表は内閣死活の岐るる所、政黨去就の决する所なりなど政黨者流の評判は中中仰山なりしかどもいよいよ發表して見れば唯一片の儀式演説にして是ぞとて別に捕捉す可き所なし内は國民の輿論に考へ外は列國の形勢に察して至當の處理を求むと云ふ當然の事なり列國との交誼を敦うし國權の伸暢、貿易の擴張を計ると云ふ當然の事なり軍備は財政と相俟て國力の許す限り擴張すと云ひ繁文を省き才能を擧げ官紀を振肅すと云ひ三大自由は厚く尊重す可しと云ひ財政の整理は目下の形勢に適する策を定め出入の平均を保たしめんと云ふ何れも當然の事のみ要するに言みな抽象的にして一も事實の問題に觸るる所なきが故に其實行如何を見ざれば施政の良否を許す可らず例へば目下の形勢に適する財政策とは如何なる策なるか國力の許す限り軍備を擴張すと云ふ其限りとは何處を指すか三大自由を尊重すと云ふ如何に尊重するか是等の問題の事實上の解釋如何を見ざれば方針演説の意味を解す可らず盖し前内閣をして今日施政の方針を演説せしめなば大同小異の意見を述べん山縣侯をして總理たらしむるも亦類似の言を發せん此演説を以て直ちに松方内閣を他と別つの標凖とは爲す可らず然れども亦以て髣髴の間に其重ずる處を窺ふ可らざるに非ず三大自由は厚く尊重し其保障を固からしめんと云ふに依て政府は是迄よりも一層言論出版集會の自由を擴張するの意なるを察す可し繁文を省き官紀を振肅するの必要を認むと特筆するより見れば從來の施政を以て繁文の弊あり官紀嚴ならずと爲し此際或る方法を以て行政改革を行はんとの企あるは明白なる可し而して世論の最も喧すしき内閣の責任論に就て總理の説如何と云ふに帝國議會の恊賛を完うするを務め上下一致の効を圖り至尊に對して大政の責に任ぜんと云ふ其文意を察するに國民の意は固より之を尊重すと雖も大政の責任は獨り至尊に對して負ふのみ議會の向背に依て進退するに非ず所謂責任内閣の説は敗れたるが如くなれども解するものは曰く帝國議會の恊賛を完うするを務め至尊に對して責を負ふと云ふは若し議會の恊賛を完うする能はず相衝突する塲合には至尊に對して申譯なきが故に責に任して辭職す可しとの意味にて即ち所謂責任内閣の端を啓きたるものなりと果して然らば新内閣は從前の内閣よりも慥に一歩を進めたるものと云ふ可し要は言説の上に非ずして實行の上に在り我輩は只管其實際の施設如何に注目せんのみ