「列國海軍現在の勢力附日本海軍力との比較」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「列國海軍現在の勢力附日本海軍力との比較」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

我國の海軍擴張は東洋の海上權を占むるを程度として進まんとするに付ては世界列國海軍

の形勢即ち其現在の勢力を始めとして目下その擴張に汲々たる有樣及び其東洋派遣艦隊の

勢力を觀察して參考に供するも亦兒から〓〓なる可し先づ現在の勢力に就て記さんに世界

列國の有樣を見るに先づ現在の勢力に就て記さんに世界列國の有樣を見るに此八九年來即

ち千八百八十七八年以後は海軍競爭の新年紀とも稱す可き時代にして歐米の諸列國いづれ

も相競ふて海軍擴張に意を注ぎ大に國力を奮て從事する其中にも英國が七年前に彼の有名

なる海防條例(N〓〓al Defence act)を發布して主戰艦十隻、巡洋艦其他六十隻を僅々五

年の期限内に新造す可き大計畫を定め時の海軍大臣ハミルトン卿が國會の議塲に於て英國

海軍の程度は少なくとも最強海軍國二個國の同盟に對し得るの勢力を要する旨を公言した

るが如き又米國の如き從來は恰も新世界の極樂境に枕を高うして世界の風潮に驚かざるも

のゝ如く軍備の事には頗る冷淡なりしも四邊の形勢、一旦有事の塲合に海軍の備なきとき

は商賣貿易の損害のみならず立國上にも容易ならずとの事實を悟りては一日も安んずるを

得ず早く所謂新海軍(New Navy)を備ふるの必要を認めて千八百八十七年に直に新製艦費

一千二百萬弗其他少なからざる海軍費の支出を議决したるが如き最も著しき現象にして又

佛、伊、露、獨の諸國に於ても孰れも此時代の間に海軍擴張の計畫を實施して世界の海軍

が年一年に加速度を以て進歩したる其盛况は苟も海外の形勢に注目するものゝ熟知する所

なる可し現に昨千八百九十五年中に世界の公私造船所にて進水式を擧行したる軍艦の總數

は凡そ百隻二十二三萬噸に上り又同年來、英の一國のみにて製造中の軍艦は五十六隻二十

六萬二千噸あり試に昨年中英、佛、露、伊、獨、米六強國の製艦費を計算すれば實に一千

五百五十六萬磅餘(金賃一磅を銀貨九圓五十錢に當るものとして算すれば一億四千七百八

十二萬圓と爲る)の巨額なり即ち此巨額は右の六國が自國自衛の爲めに一年間新に投じた

る海上保障の代價なりと知る可し

今列國中重なる海軍國の現在の勢力を知るに便ならしめんが爲め確實なる最近の調査に據

て左の一表を示す可し但し表中に算入したる軍艦は孰れも戰闘いに列し得べき有爲有力の

艦艇のみにして舊式の老朽艦及び小形の砲艦等は之を省きたり

(表中括弧内の數字は製造中のものを示す)

英                  佛         

隻       噸

主戰艦   三二(八)  三七一、七〓〓   三一(八)  二〓〓、〓〓〓

海防艦   一三      〓〓、〓六〇   一六      六一、一〓〓

巡洋艦   九九(二一) 三一一、一三〓   〓〓(〓一四)一〓〓、〓〓〓

報知艦   一九      〓一、二一〓   一二      一八、〓〓〓

水雷砲艦  三四      二八、三七六   一三(三)    七、六〓一

合計   二一七  一、二〇六、一三八   一〇九    五六一、〓二〓

隻       

水雷破壞艇         七〇            三

航洋艇           〓〓           四四       

〓一〓〓〓〓下水雷艇   〓〓〓          一九七

合計          〓〓〓          二四四

露                  伊

隻       噸

主戰艦   一八(八)  一八九、〇六二   一七(二)  一六三、四九一   

海防艦   一四(〓)   〓九、〓〓〓             ―      

巡洋艦   一四(〓)   八三、〓〓〓    二(三)   七八、八一一   

報知艦             ―                ―

水雷砲艦  八        三、九一〇   一七(二)   一四、一九二

合計   五四     三一〓、六〓一   五六     二五八、四九四

隻       

水雷破壞艇          一            六

航洋艇           五五          一〇五

〓一〓〓〓〓下水雷艦   一一六           七一

合計          一七二          一八二

獨                 米

隻       噸

主戰艦   一五(一)  一二四、九四九    七(三)   七一、四六四

海防艦   一九(二)   二八、〇九〇    六      二六、一三八

巡洋艦    九(三)   三六、二一〓    一九     八九、三三九

報知艦   一二(一)   二三、三一〇    九      一三、〇七七

水雷砲艦  一〇(一)    二、二九六             ―

合計   六五     二二四、九三四    四一    一九九、九八八

隻       

水雷破壞艇         一一          ―

航洋艇           六四           二

〓一〓〓〓〓下水雷艦    八一           五

合計          一五六           七

〓〓〓〓〓〓軍艦を〓〓〓〓〓及び製造中のものを合して〓〓なる艦艇の數は僅々左の如

隻        噸

主戰艦       三   三二、五〇一    

海防艦       二    五、八七七

巡洋艦      一四   四五、三九二

報知艦       四    六、五五九

水雷砲艦      一      八六四

合計      二四   九一、一九二

水雷破壞艇     一

航洋艇      ―

他水雷艦     二八

合計      二九

右の二十四隻九萬餘噸の軍艦を前表列國の數に比較すれば英の十三分一弱、佛の六分一弱、

露の七分二強、伊の三分一強、獨の五分二強、米の二分一弱に過ぎず斯る微々たる海上の

力を以て今の世界諸強國の間に處し外交上の平均を保て一國の體面を維持せんとす到底望

なきのみならず目下既に開始したる歐洲、米國、濠洲の航路の如き又海外各地の移住民の

如きも如何にして保護の任務を盡して國民の安心を得せしむ可きや數の許さゞ所なり况ん

や東洋の優勢を保たんとするに於てをや甚だ心細き次第なりと云ふ可し列國海軍の勢力は

略ぼ前記の如し而して目下その諸國が海軍擴張に汲々たる有樣は如何、又東洋派遣艦隊の

勢力は如何、我輩は更らに之を記して世人の參考に供す可し