「世界列國海軍擴張の現状」
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時事新報に掲載された「世界列國海軍擴張の現状」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
我輩は目下世界の列國が海軍擴張に汲々たる有樣を觀察して先づ英佛二國の現状を記した
り次に世人の最も注目する
露國
は如何と云ふに露の海軍は昨年中に非常の膨脹を呈し竣成したるもの主戰艦三隻、裝甲海
防艦二隻、合して三萬九千四百噸、進水したるもの八隻、二萬四千五百噸、製造中のもの
八隻、四萬六千三百餘噸あり又この造船事業は近年來著しく進歩して材料の如き從來は他
國より仰ぎたるものを多くは國内にて製造するに至りしかば隨て製造期限を短縮したるこ
と一方ならず殊に露帝は過半四億三百萬留を七年間に支出して内外の各艦隊を大に擴張す
るの豫算案を裁可したる由なるが實際に發表したる本年度の總豫算を見るに特別海軍豫算
として指定せられたる金額、五千八百萬留の多きに及べり勿論この中には目下製造を急ぎ
つゝある軍艦の費途に充つ可きものも多きを占むることならんなれども爾後年々五十萬留
を揄チす可き筈にして其目的は英國艦隊の攝iしつゝある勢力に對して對抗の勢を占むる
を主眼とし相手の模樣に依りては更らに一層の搖zをも斷ず可き决心なりと云ふ又
獨逸
の海軍を見るに今帝の即位以來方針一變して海軍政略ますます活氣を帶び來り帝が曾て獨
逸は其海軍を以て唯防禦もしくは帝國軍備の第二位に止めて滿足す可らず有事の日には必
ず威權を海上に奮ふの餘力なかる可らずと公言したるは吾々の耳にしたる所なるが昨年の
春アダルベルト皇子を海軍に入籍せしむるに際し親からキール海軍に臨んで今回皇子を入
籍せしめたるは朕が海軍を好愛するの實を證し又これを親任するの情を表するものなりと
述べ又本年の夏甲鐵艦イムペロル、フレデリツク號進水式の祝辭に本艦は今後續々製造せ
んとする同種軍艦の先頭第一たるものにして自今獨逸海軍の一紀元を開く可しと述べたる
が如き亦以て其意の所在を見るに足る可し近頃の報道に據れば帝は現在の海軍を擴張して
二倍と爲すの意見を懐き從來の方案は向ふ三年間その儘に据置き別に新計畫を實施するの
手段を講ず可しと云ひ之に就てビスマルク公は海軍大擴張の必要を帝に勸説したりと云ひ
又帝は内閣員及び國會が若しも同意せざるときは其更迭解散をも辭せざる决心なりとの風
説あり獨逸海軍本年度の經費は格別の搖zを見ざるも艦隊維持費及び演習費を節して新製
艦費を揩オたるは海軍大臣の説明に徴して明白なり又外務大臣は本年の豫算は前年と殆ん
ど同一なるも海外の利u攝iするに隨て海軍の擴張を等閑にす可らざる旨を演説せり
伊太利
は財政困難の爲め年々の豫算やゝ削減の傾あり〓に二隻の〓〓を他に賣却し〓造船事業も
捗々しからずして今年度の製造計畫は僅に二隻、一萬二千噸に過ぎず同國は海軍に於て從
來世界の第三位を占めたるも今や既に露國に凌駕せられたり若しも斯る有樣にて逡巡進ま
ざるときは或は遂に獨米の後に落つるやも知る可らず然れども當局者が奮發勵精の結果と
して引續き竣成を告ぐ可きもの自から少なからず殊に水雷艇隊の如きは組織完備して海岸
防禦上に最もョむに足る可しと云ふ或は新に裝甲巡洋艦七十隻を造る可しとの説あれども
未だ信ずるを得ず更らに轉じて
米國
の海軍を觀察すれば輓近の進歩は非常のものにして驚くに足る可し昨年中
製造したるもの 七隻 五萬噸
進水したるもの 四隻 一萬三千三百八十噸
製造中のもの 十七隻 三萬五千噸
然かのみならず本年は各一萬一千噸の主戰艦四隻及び大小の水雷艇十五隻を新造すること
に决し其費用は凡そ三千百七十五萬弗にして且つ海軍人員千五百人を揄チす可しと云ふ米
國海軍の方針は曾て前海軍卿の公言したる如く專ら退守防禦を圖るの一方にして新造主戰
艦の構造の如きも近海の運動に適するの點に特に注意を加へたり今年の豫算は前年より二
百五十萬弗を超過したれども國會に於て故障なく通過したるは彼のヴエ子ズエーラ事件に
付き英國を交渉を生じ國民一般の感情大に激ミしたるが爲めに外ならざるが如し現海軍卿
ハーベルト氏の施設は快活機敏にして黄海戰爭の後、間もなく一篇の論文を北米評論雜誌
に寄せ海上權の必要より主戰艦の效力を説きたるが如き最も世人の注意を惹きたる所なり
今や米國は全國一致して海軍擴張に汲々たり將來の發達刮目して見る可きものあらん
以上は第一等に位する六強國の有樣を記載したるものなれども其他二等國に於ても孰れも
及ぶ限りの力を盡して海軍の擴張に勉めざるはなし就中西班牙の如き第一に指を屈す可き
ものなれども姑く之を略し更らに右六國が東洋に有する艦隊の勢力に就て記す所ある可し