「フイリツピン群嶋の反亂に就て」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「フイリツピン群嶋の反亂に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣と一葦帶水を隔つる西班牙領のフイリツピン群嶋内に起りたる反亂に就ては強を憎み

弱を憐む自然の人情より反徒を贔負し其勢ますます猖獗にして官軍は之を征服するに苦し

むなどと云ふ者あれども反徒固より烏合の衆に過ぎず本國より援兵來着して守備隊と共に

協力攻撃せば忽ち平定に歸して遂に大事に至るの虞は萬々なかる可し然れども彼の群嶋の

土民が西班牙官吏の暴虐、僧侶の專を憎むの念は深く骨髓に徹して其種族を刈盡さゞれ

る以上は到底怨を忘る可きに非ずと云へば起りては倒れ、倒れては起り此後も政府の煩累

絶ゆることなからん扨この際我輩の殊に望む所は彼の地へ渡航する本邦人が能く土民と慣

れ親しみて確かなる成算もなきに事を擧げたりとて訓練を經たる官兵に敵し得べきに非ず

徒らに失敗を重さねてますます苦境に陥るのみなれば輕擧暴動は固く愼み專ら太平無事を

樂むこそ得策なれと赤心を籠めて慰諭すること肝要にして斯の如くすれば土民も追々前日

の非を悟り殺伐の氣象を抑制して反旗を飜へすの企を思ひ止まると同時に政府の方に於て

も日本人が隣嶋の平和を祈り世に事なかれかしと計る其義心に感じ之をコとして謝するな

らん又今度の反亂の爲め父に分れ夫に離れ其身を處するに窮する〓寡孤獨のョりなきもの

少なからざる可ければ殊に注意して是等の輩を介抱慰撫するのみならず或は日本に送りて

一生を安樂に終らしむるまでの世話を爲さんか當人の厚恩に感泣するは申すに及ばず博愛

の本旨を得たる美學として廣く内外の稱賛に預る可し尚ほ聞く所に據れば該嶋の嶋民中に

は日本人の血脈を傳へて今に舊を忘れざる者もある由なれば同族の縁よりして西洋人に比

すれば自から我れを愛慕するの情も深かる可し此際本邦人にして能く彼等の不幸を憐み親

切を盡しなば互に相近づくこと容易なる上に我國の制度文物の模樣より人情風俗まで詳し

はしく説明しなば身の置き所なき不幸の輩は恰も地獄に佛の思ひを爲して我れに歸するや

疑わる可らず渡航者の呉々も注意す可き所なり