「軍艦の種類及び用途」

last updated: 2021-12-25

このページについて

時事新報に掲載された「軍艦の種類及び用途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

海軍の論次第に歩を進めて製艦の方針を論ぜんとするに就ては少しく蛇足を添ふるの嫌あるが如くなれども聊か軍艦の種類と其用途とを述べて世人の參考に供するも自から無用に非ざる可し今、軍艦の種類を大別すれば凡そ左の如くなる可し

第一 戰闘艦(Battle ship) 第二 海防艦(Coast defence ship)

第三 巡洋艦(Cruiser) 第四 報知艦(Despatch vessel)

第五 砲艦(Gun boat) 第六 水雷艇

右の諸艦は互に種類を異にしながら互に相待て用を爲し苟も其一を欠く可らざるは人體に四肢五官の欠く可らざるが如し即ち主戰艦は艦隊の躯幹と爲り正々堂々戰を交ふるを主とするものにして敵の軍艦及び砲臺を破壊するに足る可き攻撃力と敵より發する砲彈を拒ぐに足る可き防禦力とを備へざる可らず目下歐米諸國にて一等主戰艦と稱せらるゝものは少なくも一萬噸以上にして艦體の大小に由て一等二等三等に區別せり海防艦は沿海に出沒して敵艦と闘ひ或は進んで砲臺を攻撃するの任に當るものにして主戰艦に比して甚だ劣らざる攻防力を備ふると同時に吃水を淺くして巨艦の進航し得ざる海上に在て自由に運動するの能力を具ふること肝要なり巡洋艦は戰時と平時とに拘はらず其用途の最も廣きものにして戰時には敵の商船運送船を破壊略奪し且つ之を護衛する軍艦を攻撃すると同時に我商船運送船の保護々送に任じ艦隊補助艦として偵察、通信等の要務に當り時としては戰列に加はり攻守の用に供することあり巡洋艦には装甲巡洋艦(Armoured cruiser)非装甲巡洋艦(Unarmored cruiser)の別あり又これを一二三の三等に分ち攻防の任務には成る可く装甲艦を用ふるを善しとす而して平時に在りては海外の航路居留民を保護し又遠近の海洋を巡航して警備の任務を掌るものなり巡洋艦は航續性即ち多量の石炭を貯蔵して遠距離に航し得るの性質と巨大なる機關を装置して迅快なる速力を具ふるとの必要あるを以て近時の製造には往々一萬噸以上のものを見るに至れり報知艦は敵艦の強弱動靜を視察して機敏に我旗艦に報告して緩急事に應ずるを得せしめ且つ司令長官の命令を麾下の諸艦に傳達するの務に任じ砲艦は沿岸に隱現出沒して重に海峽港灣の防禦に當り無事の日には専ら警備保安の爲めに近海を巡邂するものなり又敵の水雷艇を驅逐破壊

するを目的として且つ自から水雷攻撃の動作を逞うするものは其大なるを水雷砲艦(Torpedo gunboat)と云ひ其小にして速力殊に大なるものを水雷破壊艇(Torpedo destroyer)と云ふ霧中もしくは暗夜に乗じて主として海港沿岸の防禦及び敵港の襲撃に當り又時に艦隊に附隨して海洋に出で戰闘中敵艦の隙を見て突進猛威を逞うするは水雷艇の任務なり而して水雷艇を使用するには數隻の水雷艇と之に關する諸要具及び需品等を搭載運搬する水雷母艦(Torpedo depot ship)を具ふること必要なりと知る可し其他兵員軍馬糧食彈藥の運搬には運送船(Transport)(但し兵馬の運搬を専にするものは運〓船(Troop ship)と稱す)の必要あり又練習〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓(Training ship及びSurveying vessel)の設なかる可らず今試に我國現在の軍艦に就て其例を示せば來春竣成す可き富士八嶋は一等主戰艦收容艦鎭遠は二等主戰艦、松嶋、橋立、嚴嶋の三姉妹艦は先づ海防艦に屬し吉野、高千穂、浪速は二等巡洋艦、千代田、須磨、明石は三等巡洋艦に屬すれども装甲並に一等巡洋艦に至ては我國には一隻も見ず現に東洋に在る露のルーリツクは装甲巡洋艦の最も錚々たるものにして英のエドガー及びグラフトンは一等巡洋艦の模範とも見る可きものなりと云ふ其他八重山、宮古は報知艦、大嶋、赤城、鳥海は砲艦、龍田は水雷砲艦に屬し小鷹、福龍は水雷艇の最も大なる者にして航洋水雷艇と稱し金〓、比叡並に舊淺間、迅鯨は練習艦、磐城は測量艦に屬するものなり水雷母艦及び運兵を本務とする特別船は未だ我國に有せざるが故に日清の戰爭には民有の商船を雇入れたり斯くの如く軍艦の種類に從ておのおの用途を異にするは一種の軍艦にては其用途に適應す可き諸種の資格能力を兼備すること能はざるが爲めに外ならず例へば巨大の砲門を具へ且つ鋼鐵板を厚くせんとすれば機關の重さを適度に止めて幾分か速力を減ぜざるを得ず又速力を快捷にし且つ遠距離の航海に堪へしめんとすれば機關を大にし石炭搭載の量を多くするが爲めに攻守の武装を殺がざるを得ず元來軍艦の資格は復原力の大小、操轉の難易、航洋の適否、航續里程の長短、攻撃力(砲、水雷、撞頭)及び防禦力(装甲及び防禦甲板)の強弱、速力の高低(即ち機關の大小)、吃水の深淺等に從ひ消長するものにして是等の諸能力を適宜に鹽梅調合するは造船學上の最大要義なれども一の能力を格段に揩ウんとするときは之に應じて他の能力を減ぜざる可らざるは物理の原則にして一種の軍艦に其諸能力を兼備せしむることは決して得べからざるなり故に主戰艦は攻防の兩能力を第一として速力の如きは寧ろ第二位に置き海防艦は稍や主戰艦に匹敵す可き攻防力を要するも其本務上より汽水の淺きを欠く可らざる要件とし巡洋艦は速力、航洋性、航續性を先にして兵器、装甲を後にし砲艦は攻撃力、淺吃水を主として防禦力、航洋性を次にし又水雷砲艦は速力操轉性に重きを置て航洋性に注意せざるが如く其種類に由て自から能力の長短輕重を異にするものなり左れば軍艦の用途も彼の分業の主義に支配さるゝものにして能く各種配合の當を待て始めて其效を全うす可きのみ特に主戰艦、巡洋艦、報知艦、水雷砲艦等は艦隊の編制上に必要欠く可らざるものにして前の人體の譬を用ふれば主戰艦は躯幹の如く巡洋艦は四肢の如く法痴漢水雷砲艦は耳目の如し則ち其一を欠くときは艦隊の編制に不具を免かれざるものと知る可きなり