「米國大統領の撰擧」
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時事新報に掲載された「米國大統領の撰擧」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
米國大統領の撰擧
米國大統領の撰擧は定めの如く去る三日に擧行せられしが前號の電報に見ゆる如くいよいよマツキンレー派多數を制したりブライアン氏の勢力も一時は中中盛にして勝利は孰れに歸す可きか固より斷定すること能はざりしかども銀黨の盛なりしは唯割合に盛なりと云ふのみにして事情に通ずるものは十中の八九までマ氏を豫想して果して氏の勝利に歸したりレパブリカンの喜び知る可くデモクラツトの失望察す可し扨斯くと决定したる所にて米國の政策に如何なる變化を生じ隨て日本の貿易に如何なる影響を來す可き歟米國通の談に據ればブライアン氏は至極眞面目なる可銀黨にして若しも今回當撰したらんには必ず熱心に豫ての持論たる金一銀十六の財政策を實行せんと期するは勿論にして若しも其政策が希望の如く行はれたらんには銀價騰貴して我貿易に好ましからぬ影響を及ぼすことならん良し又其案が到底行はれざるにもせよ一たび國會に提出して失敗すれば再び之を提出し再び失敗すれば之を三たびして其度毎に議論沸騰し金銀價を動搖せしめて兩國の商賣を妨ぐることなしと云ふ可らず然らはマ氏の當撰は如何と云ふに氏は即ち金貨論者なれば今の金貨制度を維持するは勿論にして其財政は隨分不整頓の由なれば或は一歩を進めて其整理を計ることならん例へば一方に於ては無用の銀塊が國庫に堆積すると共に他の一方に於ては其銀を買入るるが爲め發行せし手形を以て絶えず金を引出され國庫の金貨欠乏の憂あるが故に是等は或は何とか始末して金本位の根底を固くすることを勉むるなる可し又氏は保護貿易論者なれば勿論關税増加を希望することなる可く其希望にして實行せられたらんには我貿易に著るしく影響す可しと雖も米國通の談に據れば此事は到底行はれまじと云ふ其次第を聞くに今の輸入税は既に低しと云ふ可らず若し此上更らに税率を高めなば其消費者は苦痛を感ずるが故に國民中増課に反對するもの甚だ多きのみならず代議院も必ず賛成せざる可し假令ひ代議院を通過することありとするも元老院が斷じて反對す可きは明白にして到底通過の見込ある可らず左ればマ氏の勝利は少しも日本の貿易に惡影響を及ぼすの心配なきのみならず久しく國民が夢中となりて相爭ひ爲めに商賣をも不振に陷らしめたる撰擧騷ぎが此に落着したる上は人心も落付き景氣も次第に引立ちて不捌を歎ちたる我生絲も追追賣行くことなる可し我輩は遙に氏の勝利を祝するものなり