「軍港及び要港」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「軍港及び要港」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

世界の〓〓〓を見るにおのおの其地形に隨ひ海岸を幾〓〓〓〓〓分け軍港要港を置くの例なり蓋し戰時と平時と〓〓く軍政及び〓防上の管轄に便するが爲めにして軍港は艦隊の策源地として出戰の準備、兵器需品の供給を辧ずるは勿論、その港内には必ず造船所を設置して艦艇の新造修理に差支なからしめざる可らず而して一旦交戰に際し海上の戰もしも利あらずして艦隊を引揚ぐる塲合には其港内に據り砲臺水雷等の防禦機關と協力して飽までも死守す可き肝要の塲所なれば軍港と艦隊とは攻防共に離る可らざる關係を有して味方の爲には最も大切なると同時に敵に於ても第一に目指す所なる可し要港は海岸における要害の地點にして若しも敵の爲めに占領せらるゝときは他に有力の足塲を與へて容易ならざる恐れあるが故に平素より其守備を嚴にして兼て我艦艇の爲めに需品の配給並に小修理を行ふ可き塲所なれば其規模必要の程度は軍港の小なるものと見て差支なかる可し外國の例に徴するに英は英蘭の南東面に三個の軍港を設け全海岸を九海區に分て其軍港に分屬せしめ又愛蘭の南岸にも一小軍港の設あり佛は地中海に一鎭守府、マンシユ海(英吉利海峽の方面)に四鎭守府を置き露はバルヂツク海に一等軍港二個所、二等軍港二個所、等級未明軍港一個所を黒海に一等軍港一個所、二等軍港二個所を置き伊は三鎭守府、獨は二鎭守府をおのおの設置せり今其中の二三個〓に就て鎭守府の設けある軍港の數と海岸線の里數とを比較するに英は一軍港に付き海岸線一千海里、佛は同じく三百卅海里、獨は三百四十海里、伊は一千百四十海里、而して英が殊に其南東面に防備の主力を聚むる所以のものは其西北兩面即ち愛蘭、蘇蘭の方面は敵襲を受くるの恐れ少なきが爲めに由るものにして要するに半嶋もしくは全嶋國に於ては其地形上よりして軍港の管轄區域自から廣からざるを得ざるを見る可し

我海軍の現制を見るに全國の海岸海面を五海軍區に區劃し各海軍區に軍港を置き各軍港に鎭守府を置き又その海軍區内に軍港以外の要港を定め其要港には要港部を置て鎭守府に屬せしめ以て各種の要務を全うするを期するものゝ如し軍港とは即ち横須賀、呉、佐世保、舞鶴、室蘭の五個所なれ共現に鎭守府の設けあるは横須賀呉、佐世保の三所にして舞鶴、室蘭は未だ着手に至らざる者なり而して右の海軍區の區劃、鎭守府の設置に就ては世間に自から利害の説なきに非ず即ち一方に於ては我國に數個處の鎭守府を置は海軍の勢力を分つものなれば成る可く其數を少なくするに如かず如何となれば鎭守府の設あれば自から之を守るの用意なきを得ず守るの塲所多ければ軍艦の力を分て攻むるに専なるを得ざればなり云々の趣旨にして一時は佐世保鎭守府廢止の説を唱へたるものもありたる次第なりしが又一方に於て之に對するの説を聞くに抑鎭守府の本務は出師の準備、艦艇の造修、兵備品の供給等を掌り軍港は艦隊の策源地として戰闘動力を補充維持するが爲めに必要なり即ち鎭守府を置て軍港の防備を全うするは我艦隊に後顧の患ひなく海上攻守の任務に専ならしむる所以にして我國の如く海岸線の延長なる地形に於ては自ら策源地を各所に配置して緩急の機に應ずるの必要を認む可し而して戰時もしくは事變に際するときは各鎭守府は速に出師準備を整へて所管の軍艦を出發せしめ全く鎭守府の手を離れ更らに艦隊司令官の麾下に屬して艦隊を編成し以て攻防の任務に當るの順序なれば實際に勢力を分つの懸念はある可らず且つ又軍港の防禦は自から移動、固定の二種に分れて其移動防禦は艦艇の力に依ること無論なれども右の艦艇は大洋の運動に適せざる砲艦水雷艇の種類にして本來戰列に加はるゝの資格なきものなれば之が爲めに有力の軍艦を局地に拘束して艦隊の勢力を分殺するものに非ずと云ふに在り蓋し鎭守府の爲めに軍艦の勢力を分つ云々の説は海軍從來の規模に比較して其數の多きに過ぐるを認めたるが爲めならんと雖も戰後の今日殊に目下海軍擴張の時機に際して我輩の希望の如く果して大計畫を實にするの覺悟ならんには五鎭守府の制は我國の地形上その當を得たるものにして舞鶴室蘭の鎭守府軍港の建筑、その他各所要港の攝ンもおひおひ着手するの必要を見ることならん但し擴張の實行に就て其緩急前後の別ある可きは勿論にして其判斷は深く當局者の注意を望まざるを得ず我輩は事の順序として聊か軍港要港の制に論及したるのみ