「造船及び造兵」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「造船及び造兵」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

海軍の擴張に伴ひ造船所及び兵器製造所を増設して内國に於て艦躰、機關、兵器を製造するの計畫ある可きは勿論のことながら軍艦の製造に就ては小形の軍艦及び水雷艇の如き差當り民間私立の造船所に依托するの方針を取ること得策なる可し目下我海軍の造船業は歐米の先進國に比すれば甚だ幼稚にして彼の橋立、秋津洲を始め須磨、明石の如きは横須賀造船所にて造りしも重もなる材料は皆外國に仰ぎたるものにして新造の艦船は當分の處、先以て外國に注文するの外なけれども國家永遠の計を考ふれば充分なる保護を與て私立の會社に軍艦を製造せしむるの必要を認めざるを得ず政府にては内國の造船業を保護するの目的を以て造船奬勵法を發布したり施行の日尚ほ淺くして其結果は未だ知るを得ずと雖も佛國の如きは夙に海運奬勵法を實施して内國製の船舶には外國製のものに比して二倍の奬勵金を與ふるの規定なりしも國内の船主等は斯る保護の法あるにも拘はらず却て英國に注文するもの多かりしより近年更らに其法を改正して一方には内國製の奬勵金を増したる其一方に外國製には全く金を與へざることにしたりと云ふ以て造船業奬勵の容易ならざるを見る可し我國今日の實際に於て外國製を排除するが如きは素★より★望む可らざる處にして眞實奬勵の目的を達する爲めには或は更らに奬勵金の割合を増し若しくは造船用の材料、船内裝具品の如きは輸入税を免除する等の必要もあることならんなれども其事は姑く擱き目下海軍擴張の時機に際して軍艦の製造を私立造船所に依托するの方針を定め其保護法として例へば其製造を請負ふたる者に對して製造費の内を前渡して年賦返濟の法を立つるなり又は艦首骨、艦尾骨、龍骨等の大鐵材、發條その他内國にて製出すること能はざる諸機械を買入るる爲めに其代價の幾分を前金にて附與するなり適宜の保護を爲さんには國内の造船家は喜んで之を引受くることならん現に長崎造船所にては郵船會社の注文に應じて六千噸の商船製造に着手したる程にして軍艦の如きも美事に成功す可き覺悟なりと云ふ政府に於て前の如き保護法を定めたらんには其他の造船所に於ても同樣の次第にして之が爲めに事業の發達を致す可きは我輩の疑はざる所なり但し内國にて製造するときは外國注文に比較して幾分か高價の製造費を要し(佛國に注文したる嚴島、松嶋の製造費は平均二百二十餘萬圓、横須賀にて製造したる同姉妹艦橋立は二百四十餘萬圓にして殆んど二十萬圓の差なれども外國に注文するときは廻送費その他の費用を要するにより實際格別の相違なかる可し)又竣成期限を延長するは實際に免かる可らずと雖も第一に日本の職工に熟練を得せしめ其賃銀の如きも自から國内に散ずるは勿論、材料も成る可く内國の物を用ひ隨て製鐵その他の工業の發達を促して造船業の進歩を助くる其利益は國家經濟の上に非常のものなる可し外國の例に徴するに米國の如き〓〓業の〓〓は僅に數年來のことにして即ち彼の新海軍〓〓の計畫に際し廣く國内の造船會社に製艦の入札を募りて其落札者に注文したる以來造船社會の形勢一變、長足の進歩を致して今や私立の造船所に於て一等主船艦并に有力快速の巡洋艦を製出するに至れり其他の諸國に於ても艦船の新造とあれば多くは私立會社に注文するの常にして殊に佛國には海軍造船所五個所あれども孰れも軍艦の艤裝、修理に忙はしくして他の機器の製造に及ぶの餘力なきが故に造船用の諸材料及び汽機、螺旋等は悉く他に仰ぎ水雷艇の如きは全く私立會社の手に成ると云ふ英國海軍の經驗に據れば主戰艦の如きは政府自から造るに利あれども巡洋艦以下は私立會社に托すること得策なりとて昨年の夏同國海軍造船會議に於て當局者の公にしたる官私立造船所の製造費比較表を見るに双方の差額を左の如く算したり

英國官私立造船所製艦費比較

噸         磅        磅

一等主戰艦(一四、一五〇)官 八四三、五九〇

私 八八二、七九二 差 三九、二〇二

一等巡洋艦(七、七〇〇) 官 三九七、〇二六

私 三七四、一八一 差 二二、八四五

二等巡洋艦(三、六〇〇) 官 二四四、〇〇〇

私 二一六、一七〇 差 二七、八三〇

三等巡洋艦(二、五七五) 官 一五七、〇〇〇

私 一二四、〇〇〇 差 三三、〇〇〇

水 雷 艇(八一〇)   官  六三、八〇〇

私  四九、九〇〇 差 一三、九〇〇

(英國にても水雷艇は悉皆私立會社に注文す)

右は英一國の例にして各國皆然るや否やは知る可らずと雖も要するに巡洋艦以下の小艦は私立造船所に製造せしむるを得策とするの事實として認むるを得べきものなり             (此稿未完)