「造船及び造兵」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「造船及び造兵」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

小軍艦の製造は成る可く私立の造船所に托すること得策なりとして艦船の修理に必要なる船渠の如きも素より目下の數を以て滿足す可らず修理を速にするの一事は艦體の保存に利益なるは勿論、戰時に於ては其關係する所甚だ大なれば官私共に其設の多多ますます多きを望まざるを得ず海軍の艦船檢査規則を案ずるに總て艦船は毎三個年に入渠檢査を行ひ鐵鋼製のものは少なくとも毎一年に船渠に入れて艦底を塗換ふるを例とし又臨時に大小の修理をも施さざる可らず平時に於ても船渠の作業は隨分多忙のものなるに况して戰時に際しては一時に非常の作業を要することなれば豫じめ其急に應ずるの用意なきを得ず現に我海軍に於ても黄海の戰爭後、各船渠の作業俄に繁忙を告げ夜を日に繼で從事しながら尚ほ案外の時日を要したるは世人の知る所にして幸に敵の運動緩慢なりしが爲めに格別の不都合を見ざりしことなれども若しも然らざるに於ては容易ならざる次第なりしならん目下我國の船渠は官私を合せて十三四個に過ぎずして現に横濱の如き國中第一の開港塲にてありながら未だ船渠の設なきが故に此處に荷揚する外國船などはわざわざ上海もしくは香港に行て修理を加ふるの常なり頃日各地に船渠設立の計畫あるは誠に喜ぶ可きことにして一日も早く着手を祈る所なれども其業の成否は一に需用供給の割合如何に由ることなれば軍艦の修理に就ては私立會社に對して一年間に若干の作業は必ず依托するの約束を結び間接に其業を保護して發達を助け以て臨時の急に應ずるの地を爲すが如き最も必要の處置なる可し斯くの如くして成る可く軍艦を内國にて造り又その修理を速にせんとするに就ては差當り製鋼所を設立して造船用の材料を内地にて製造するの必要は勿論なり製鋼所の設立は既に議會の議决を經て目下夫れ夫れ計畫中なれども本來鋼鐵の錬成は非常の熟練經驗を要するものにして軍艦用の大鋼鐵板を製出するは容易の業に非ず現在の設置は如何なる計畫にして如何なる種類のものを造らんとするの目的なるや知らざれども僅僅四百萬圓の金を投じて〓〓着手し恰も試驗の爲に空く時日を經過するが如きは〓難き處なれば一切の計畫を外國既成の模範に取り職工の如きも熟練の外國人を雇入れて大に着手す可し或は原料に至る迄も自から外に仰がざる可らずして〓〓の結果、外國より買入るるに比して幾分か高價を見ることもある可しと雖も軍艦の製造と同樣にして之が爲めに日本人の技能を磨き熟練を得、又各種の工業の發達を助くるの利益は疑ふ可きに非ざれば目下の小損失は敢て顧みるに足らず或は無經驗の事業、大に着手するは危險なる可しとの掛念もあらんには外國の會社と特約し幾年間の保護を保障して彼をして自から着手せしむるも可なり歐洲などには珍らしからぬ例にして其約束の條件次第にては必ず喜んで應ずることならん兎に角に造船用の鋼材の如きは是非とも自國にて製出するの覺悟なかる可らず次に兵器の獨立は軍國の最も必要を感ずる所にして原料の如き悉く之を内國に需むるは勿論、その製造も亦内國人の手を以てするの運びに至らしめざる可らざるは云ふまでもなく現今兵器、火藥の製法は日に月に進歩して止まる所を知らず且つその法は各國共に秘密にして秘密の中に互に進歩を競ふの有樣なれば其研究工風は瞬時も怠る可きに非ず兵器に要する良好の鋼鐵は未だ國内にて製するを得ざれども獨立の爲めに其製出は是非とも必要にして益益以て製鋼所成立の急なるを見る可きなり尚序ながら茲に附言を要するは石炭の一事なり抑も石炭の軍艦に於けるは人間の食物と同樣にして之を缺くときは寸歩も運動を得べからず即ち各國の海軍にて燃料問題の研究に汲汲なる所以にして炭質の良否を撰む可きは申す迄もなく炭烟の有無は軍機上に必要の關係あるが故に戰闘に際しては良質の無烟炭を用ふること必要なり我國の如き炭坑に乏しからずして其産出額も少なからざれども實際戰闘用に供す可き良質のものは甚だ稀れにして此一點は當局者の苦心する所なりと云ふ聞く所に據れば外國にても容易に良質の石炭を得る能はざるより種種に工風して煉炭の製造に着手し好結果を得たる中にも佛國の海軍の如きは凡そ三十年前より煉炭を用ふるの途を開き今日に於ては英のガーヂツフ及びニユーカツスル炭にも劣らざる性質のものを製出するに至りしと云ふ其道の人の言を聞くに日本にては幸にも煉炭製造に適するの炭類を出すこと少なからず且つ其製造費は敢て巨額を要する程のものに非ずと云ふ又近來外國にては艦船の燃料に石腦油の殘〓を利用するものあるは我輩の耳にする所なり要するに燃料を外國に仰ぐは人民の食料を他に需むるに等しく經濟上の不利のみならず一旦有事の塲合を想像するときは實に容易ならざる次第なれば此一事は大に注意して工風を怠る可らざるものなり