「宮内大臣の進退」
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時事新報に掲載された「宮内大臣の進退」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
宮内大臣の進退
宮内大臣事件なるものは局外者より見れば殆んど兒戲の如し之を以て大不敬などと立騷ぐは本氣の沙汰とも思はれず又其大不敬の聲に驚て俄に新聞雜誌を處分したるが如きも狼狽と云ふの外なし都て一笑に附し去て然る可きが如くなれども兒戲往往にして意外の影響を生ずることあり前日我輩の敢て一言したる所以にして此に尚ほ聊か記したきは宮内大臣進退の事なり或者は云く宮内大臣が斯くまでに非難されたる以上は宜しく辭職す可しと又或者は云く新聞雜誌の記す所假令ひ無根の罵詈に過ぎずとするも斯くの如き騷動を引起したるは畢竟するに大臣が薄徳の致す所なれば辭職せざる可らずと一應尤もなるが如くなれども此説も亦是れ一種の狼狽たるを免かれず其次第は彼の雜誌の文章を見るに〓〓の〓〓に非ざるは勿論なると共に又宮内大臣次〓〓としても〓〓〓〓るものに非ず中には多少事實に近きものあるやも知る可からざれども是れぞとて別に取留めたる〓〓なきは何人の目にも明にして要するに唯漠然たる少年書生の放言に過ぎず斯る放言漫語を以て人を非難せんとならば啻に宮内大臣のみならず天下何人を相手にしても非難す可らざる者なし我輩は固より宮内大臣を以て〓〓の君子なりと保證するに非ず其行に於て多少議す可きものもある可しと雖も左ればとて僅に一小雜誌に取留めもなき誹謗の文字を并べたるが故に之が爲めに其職を辭す可しと云ふが如きは大臣の進退を以て小僧の進退よりも輕しとするものにして醉漢の暴言を眞に受けて喜憂するに異ならず假りに今日にも惡戲書生ありて某大臣を免職せしめんと欲し有ること無きこと取交ぜて一篇の攻撃文を草し發行停止も禁止も恐れざる田舍の小雜誌に掲載すれば其大臣は書生の注文通りに直ちに辭表を呈するか天下の奇談、大臣は書生の玩弄物にして其進退は漫語放言の命ずる所に在りと言ふ可し左れば今回假令ひ宮内大臣に別に辭職す可き理由ありとするも是れは別問題として昨今流行の物論の爲めに特に進退するは我輩の斷じて取らざる所なり或は攻撃の文章を公にしたる者は恰も自家の面目として其辭職を望むことならん又言論自由の宣言などを理由として政府に味方したる政黨員等も〓〓〓〓〓く其宣言を空うしたるが爲め〓〓面目を失ふた〓〓〓〓せめての事に宮内大臣の掛〓を見れば假に云ふ喧嘩兩成敗の〓を呈して唯に世間に對して申譯けありとて之を希望することならん自から人間世界にある可きことなれども都て是れ爲めにする所あるの私情にして其私は猶ほ彼の一派の論者が雜誌の立言を奇貨として疾呼絶叫以て私に自家野心の目的を達せんとしたるものと同一樣にして共に聞くに足らず根も葉もなき一些事の爲めに不忠不義の大議論を生じ其物論に狼狽して雜誌新聞紙の禁止停止を演じ遂に宮内大臣の進退論にまで進んで立騷ぐとは恰も一國の政論を小兒の戯に〓するものにして我輩は唯その小兒等の論調低くして氣品に乏しきを憐むのみ