「失策は失策として白状す可し」
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時事新報に掲載された「失策は失策として白状す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府が言論の自由を約束するや世の論者は一層筆鋒を愼み其爭を君子にしていよいよ束縛の無用なるを悟らしむることならんと思ひの外、議論の調子は其時よりして却て次第に卑く競ふて罵詈讒謗を逞うする其醜體は恰も坊間の下郎人足等が向八巻して怒鳴るものゝ如し當局者も初めのほどは度胸を大にして狂と呼ばれ賊と誹らるゝも頓着せず云ふがまゝに放任せしに宮内大臣事件に至て周圍の物論に堪へず遂に前約を空うして幾多の新聞雜誌に發行禁停止を命じたり濡れぬ前こそ〓をも厭へ既に一たび雨を冐したる上は全身ヅブ濡れとなるも意とするに足らず新聞條例改正の如き迚も行はれざることゝして思ひ止まる可きか將に再び元に立歸りて初一念を貫く可きか思案を要する所なり嘗て官民相軋轢して不和の頂上に達し政府は論客を目して亂臣と爲し論客は官吏を以て國賊の如く思ひし時に於ては世の論客が當局者を誹謗することいよいよ激しくして其人の気品いよいよ高きが如くに見え新聞紙上に激論暴言を逞うして發行停止を命ぜらるれば其新聞は却て好評を博して一層世に愛讀せらるゝの奇談なきにあらざりしかども今や時勢一變して恰も其反對と爲り漫に他を罵詈して餘計の事に人身攻撃など恣にする者あれば論者の鄙劣不德として假令ひ一般に咎められざるも中以上の社會には甚だしく擯斥せられて所謂天に唾するが如く罵られたるものは傷を受くることなくして罵りたるものこそ却て身を汚すに至れり現に過般來新聞紙上に現はれたる過激の文字は世人を顰蹙せしめて論者の信用を損したること大なるを見ても知る可し左れば罵詈讒謗は恐るゝに足らず政府が處分せざるも社會は自然に之を制して危害を生ずるに至らしめず自から明白なる事實なれば大膽以て事に當り當初の所期の如く自から新聞條例の改正案を提出し論者をして言はんと欲する所を言はしむるこそ智者の事なれ論者若し淺慮にして法外の言論を弄ぶとあらば只自から傷くことあらんのみ扨斯の如く決心したる所にて此に一つの難義は當局者が今回新聞雜誌を處分したる申譯なり貴族院の邊には自から一種の杞憂者ありて今尚ほ發行停止の必要を主張し若しも當局者が其廢止案を提出することあらば力を極めて反對を試み現に政府が此程禁停止の處分を行ひしは實際に其必要を證明したるものなりとて政府の急處を衝き一言半句の辯解を許さずなど言囃して熱心なる者もあるよし如何にも窮したる譯なれども抑も今度の處分は眞實實際に其必要ありしに非ず前日我輩の記したる如く畢竟するに狼狽の餘に出でたるものにして當局者自身も今は定めて後悔し居ることならんなれば若しも右の如き詰問に出會ふことあれば區々の辯解を試みることなく寧ろ淡泊に出掛け彼の一件は政府の思違ひなりと白状す可きのみ斯く白状すれば〓問は忽ち開けて反對論者は其口實を失ひ世人は政府の〓々落々たる胸襟を〓して必ず〓〓を奏することならん過て認むるに吝ならざるは君子なり君子たる人か小人たらんか進退は自から明白なる可し