「海軍軍人の養成」
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時事新報に掲載された「海軍軍人の養成」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
軍艦の製造に伴ふて之を指揮運轉する乘組員の養成を怠る可らざるは勿論なり軍艦兵器の類は金さへ愛しまざれば竣功期限を短縮し若しくは一時に買入るることも容易にして左までの年月を要せざれども軍人の養成に至りては其伎倆熟練を得せしむるに自から一定の期限を要さざるを得ず平時は養成を等閑に付しながら一旦必要の塲合に臨んで遽に徴募訓練せんとするときは所要の人員は集むるを得べしと雖も其集め得たるものは何れも無教育無經驗の人物にして差當り物の用に立つ可きに非ず况んや戰時に於ては多少の死傷者を生ずること必然なるが故に豫め軍人を養ひ教育練磨して其必要に應ずるの計畫は海軍擴張の今日に於て甚だ大切なりと知る可し左れば軍艦製造と軍人養成とは是非とも相伴ふ可きものにして如何に新式鋭利の軍艦を備ふるも之を運用するに熟練經驗の乘組員を以てするに非ざれば戰時と平時とに論なく充分の效用を見る可らず明白の道理なれども世界先進の海軍國に於ても軍人の養成は動もすれば軍艦の製造に伴はずして常に乘組員に不足を感ずるの情態なきに非ず英國の如きは年年少なからず乘組員を増加するの方針を取り昨年中は海軍豫備員及び商船の船員より百人の將校士官を採用して一時の缺を補ひ又本年度に於ては將卒凡そ五千人を増す可き計畫なれども尚ほ未だ充分ならざるものと見え乘組員充實の議論、海軍部内に喧しく近頃の風説に據れば政府は追加豫算を提出して目的を達するの覺悟なりと云ふ又米國海軍の如きは此點に就て最も困難を極め現に本年の夏季、大西洋艦隊が巡航運動を行ふが爲めに全隊出發の塲合に臨み隊中の二三艦は乘組員の不足を補充すること能はざるの失態を呈したる程の次第にして當局者はますます軍人養成の急要を感じたりと云ふ海軍軍人の養成法は自から世界海軍の大問題たるを知る可し我國海軍の擴張案を聞くに所謂第一期第二期の計畫完成は凡そ十個年の後に在りと云ふ其時機に至れば凡そ二萬内外の乘組員を要することならん當局者に於ては自から之に應ずるの計畫あることならんなれども目下時勢の必要は其完成期限の短縮を促して五年もしくは七年に繰上ることともならんには乘組員養成は甚だ急を告るのみならず我輩の所見を以てすれば日本の海軍は固より此計畫を以て滿足す可きに非ず更らに引續て第三期第四期の擴張も必要ならんなれば其養成はますます以て急にせざるを得ず當局者の大に考ふ可き所なり扨我海軍軍人養成の順序を案ずるに志願者は年齡十六歳乃至二十歳にして試驗の上、兵學校もしくは機關學校に入りおのおの三個年の學術課程を修めたる後、乘組生徒として更らに一年間、練習艦に乘組み實地經驗を爲し卒業試驗を受けて候補生と爲り夫れより軍艦に配乘せられて實務を見習ひ一年以上〓〓〓〓に服したる後、始めて少尉もしくは少機關士に〓せられたる上、更らに砲術練習所（凡そ五六十日間）或は水雷術〓〓所（凡そ七八十日間）に入て一層〓〓の〓を〓み又既に〓〓、機關官に任ぜられたるものに〓〓の學術智識を〓る爲めには海軍大學校の設ありて撰拔の上、入校せしめ卒業の後は更らに要職に補するの例なり（造船、造兵、軍醫、主計官等の任用法は自から別なり）外國海軍の現例を參照するに凡そ三年間、海軍士官たる可き學術技藝を實地に修めて少尉候補生と爲り其後一二年間海上勤務に服し所要の資格を具ふるに及び少尉に任ぜらるるの定にして我國と大抵同樣なれども英露の如く十三四歳の少年より海軍生徒を採用するものに於ては其修學年限も自から長からざるを得ざるは當然なりと知る可し次に我下士卒の養成法を見るに徴兵及び志願兵を採用して先づ五等卒と爲し四箇月間海兵團に入れて海軍の一般要務に關する事項を學習せしめ更らに六箇月間軍艦に乘せて實地練習を爲さしめ試驗の上、四等卒と爲し其後六箇月ごとに一等づつ昇進し得べきものなれば入營後凡そ二年半にして一等卒に進み其上にて優等のものは下士官と爲り凡そ二年半の後、准士官たるを得るの規則なり但し是れは規則の規定に據り最少年限を算したるものにして實際に五等卒より准士官と爲るには尚ほ多くの年限を要するの常なりと云ふ顧ふに海軍軍人の養成法は自から一定の期限を要するものにして漫に速成を望む可らざるは勿論、假令ひ強ひて速成せしむるも智識熟練の度に於て著しく他に劣るときは實際は全く無効にして萬一の塲合に非常の失敗なきを期す可らず各國共に之が爲めに苦しむ所以なれども我國目下の事情は海軍擴張の必要に切迫して數年の間には是非とも所要の程度に擴張せざる可らざる此塲合に際して軍人の養成は最も急にせざる可らず我輩の所見を以てすれば自から目下の急に應ずる方法なきに非ず更らに陳述して參考に供せんとするものなり