「馬關門司を開く可し」
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時事新報に掲載された「馬關門司を開く可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
馬關門司の兩港は東西往來の要路に當り西部地方の一大市塲なれば貨物の出入も少なからず現に昨年中馬關の輸出入合計は二千二百三十餘萬圓に達し横濱神戸に次ぐの繁昌を示したり隨て船舶の往來も頻繁にして同年中西洋形船舶の出入せしもの七千六百餘隻、和船は殆んど二十萬艘に及びしと云ふ以て其商業上の地位如何を察するに足る可し左ればこそ政府に於ても明治十六年には之を以て朝鮮貿易港と爲し次で明治二十二年には米外四品の特別輸出港として兩港を撰びたる次第にして更らに一歩を進めて特別輸出入港たらしめなば貿易上の便利は一層大なる可しとて兩港の有志者は先づ此議を提出せしに他諸港の有志者も競ふて同樣の事を其筋に請願し互に盡力したる結果空しからず議會は右に關する法律を議定して塲所の撰定は政府に一任したり而して當局者の之を撰定するや兩港の如きは無論筆頭第一にあらんと思ひの外却て其撰に洩れたるこそ不審なれ今その内情を問ふに兩港は國防上の要地にして外國船の出入を許す可らず然るに之を開て輸出入港とせば他日新條約實施の曉には外國船をも自由に出入せしめざる可らずと云ふに在るよし一應尤もなるが如くなれども抑も國防とは何の意味なるかを考へざる可らず國の命脈は主として貿易商賣に依て維持せらるゝものにして文明國民の熱血を注で爭ふ所のものは商賣の利益に在り戰爭の破裂も多くは商權を張らんが爲めにして破裂せんとする國交際の僅に彌縫せらるゝも亦貿易の害せられんことを恐るゝに因ること多し左れば軍備の目的は商賣の保護に在ること明白にして砲臺を築くも軍艦を作るも目的は唯この邊に在るのみ若しも軍備の爲めには商賣を犠牲にするも可なりとの説もあらんか是は事の本末を忘れたるものにして譬へば病人を治療するに其首が邪魔なりとて斬て殺すが如し是と〓〓んよりは寧ろ狂と云ふ可し或は一歩を讓りて無〓の〓〓に兩港を〓すの要ありと云ふも實際これを〓して果して何の効用ある可きか外國船の馬關海峽を通過す可きは勿論にして新條約實施の日に至らば外人も兩港に雜居出入勝手たる可し既に海峽には外國船の出入するあり港内には外人の雜居勝手なりとすれば開くも鎖すも殆んど同樣にして格別の差異なきのみか萬一外國との事あり港内に水雷など敷設の爲め船舶の出入を差止ざる可らざるに至れば之を差止むるに於て故障はある可らず現に浦鹽斯德の如きは軍港なれども平生商船の出入を自由にして貿易を營ましむるを見れば要塞と貿易は必ずしも相容れざるものに非ざるを知る可し斯の如く貿易は實際國防の邪魔に非ず假令ひ邪魔物とするも之を保護するこそ即ち軍備の本色なるに然るに今軍備上の掛念なりとて商賣上の利害を顧みざるが如き營に其本色を忘るゝのみならず國家の爲め軍備の財源を忘れて軍備自から自殺するものと言ふも過言に非ず愚に非ずして何ぞや例へば外國より舶來する砂糖の如き直接に兩港に輸入すること能はずして空しく海峽を通過して神戸に至り更らに逆戻りして運送する爲め一俵に付十錢内外を空費すと云ふ他百般の貨物みな同樣なれば其損失の大なる推して知る可し國防の完備は固より我輩の望む所なれども其これを望むは以て商業貿易を保護せんが爲めのみ國防の一言を以て神聖侵す可らざるものと爲し鐵道を敷設するにも單に軍事上の都合のみを以て線路を撰定し港を開くにも國防の一點より取捨を決するが如きは我輩の斷じて取らざる所なり左れば關門兩港の如きは速に開て特別輸出入港と爲し若しも費用を要することあらば今度の議會の協贊を求めんこと我輩の切に勸告する所なり