「武尊商卑」
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時事新報に掲載された「武尊商卑」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
武尊商卑
特別輸出入港を定むるに當り馬關門司を除きたるの不都合なる次第は一通り前日の紙上に論じたれども尚ほ聊か記す所あらんに此問題は前内閣の時代に於て軍事當局者と内閣との間に交渉ありしものにして參謀本部は國防上兩港を開くの不可を主張したれども段段押詰めて〓ずれば格別の論據なきが如くにして結局兩港が當撰す可き模樣なりしに内閣の更迭と共に其風向きも一變して遂に意外の結果を見るに至りしなりと云ふ自から政治上の意味もあらんかなれども畢竟するに今の政客が尚ほ武尊商卑の餘習を脱する能はずして計らずも此に至りしものならん抑も立國の要は商賣に在り國の位は殆ど商賣の多寡に依て定まる程の次第にして英國が威を世界に振ふは其商賣最も盛なればなり強國が兵略上要害の地を占領するは據て以て其貿易を保護せんが爲めにして近來英露其他の諸國が競ふて極東に有力の軍艦を派遣し政治上の權力を爭ふも要するに商權を爭ふなりベネズヰラ問題も土耳古問題も將た朝鮮問題も其表面には種種の名義あれども煎じ詰めれば現在の商權を維持し若しくは將來の擴張を計らんとするものにして文明國の一擧一動みな此目的より割出さざるはなし英國が專ら平和を重ずるは現在の商賣既に手廣くして一朝兵亂の起るに會へば其災を感ずること最も大なるが爲めにして露國が動もすれば侵略せんとするは其貿易未だ振はずして假令ひ戰爭起るも一は之が爲めに損害を蒙ること少なく又一は依て以て其振はざるを振はしめんが爲めのみ左れば文明國に於ては商權は神聖侵す可らざるものにして軍備は即ち之を守るの方便たるに過ぎず若しも軍備に神聖なるものありとすれば其神聖は軍備其物の神聖なるに非ずして守る可〓〓〓〓神聖なるが爲めに軍備も亦〓て神聖なるのみ〓〓〓〓〓大切なり〓〓〓〓〓〓の例に〓〓の如き〓〓〓〓〓〓繁〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の日に〓〓〓に〓〓〓〓〓〓〓ざる〓〓にして若しも砲臺の爲めには肝〓〓〓〓〓〓して〓〓〓〓〓するも不可なしとならば〓〓〓〓きは帝都の〓門なる觀音崎砲臺の内側にまで外國船を出入せしむるものなるが故に第一に鎖さざる可らず神戸大阪の如きも紀淡砲臺に接近するが故に亦閉して然る可きものならん天下の奇談、古今の笑柄に非ずして何ぞや昔し封建の時代に於ては武權獨り尊くして百般の事物はみな其犧牲なり國は即ち兵營にして政府は恰も陸軍省の如し百姓の米を作るは兵粮を給せんが爲めにして町人の商賣するは主として軍資を供し兵〓の用を辨ぜんが爲めのみ商權などの思想は固よりある可き筈なくして軍事の一言は一切萬事を壓倒することなり而して今の老政客は未だ此餘習を脱せざるものにして商賣を見ること甚だ重からざる其證據は前日嘗て記せし如く或公會の席に於て其中の一人が商賣も亦盛ならしめざる可らず云云と恰も序ながら演説したる一事に徴するも明白なる可し特に戰爭以來、軍備擴張の論甚だ盛にして何人も異議を容れず滔滔として殆んど當る可らざる勢を呈せしより武權一層重きを致すと共に擴張本來の目的を忘れて却て軍備其物を大切と爲し鐵道線路を擇ぶにも第一に軍事上の都合を察し商賣上の利害の如きは殆んど度外視するの有樣なれば砲臺の爲めに港を鎖さんとするも偶然に非ず本來兵備の問題は現在ありのままの此國を如何にして衛る可きかと云ふに在りて國防の爲めに如何に之を改造す可きかと云ふに非ざるは勿論なれば若しも商權の盛なる英國などに於て今回の如き大間違を犯したらんには物論囂囂として内閣も爲めに顛覆するほどの騷ならんに我國に於ては孰れも冷淡に看過して殆んど問題とも爲らず只其局に當る兩港の人民が社會の隅にて怫怫苦情を云ふのみにして憤然起て敢て商權の爲めに天下に呼號するものなきは何ぞや斯る間違は到底永く通用す可きに非ずとて安心するが爲めか將た武權神聖の勢に畏縮して其聲を揚ぐること能はざるが爲めか利害を感ずるものは獨り兩港の人民のみに非ず實に天下商權の消長に屬する大問題なれば尚商立國の大義を知るものは一日も不問に附す可らざるなり